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 ふらふらとソファに戻って、写真を眺めた。
 カメラは決まったところからしか撮影していないらしい。それを一枚ずつ確かめて、カメラごとに分けて輪ゴムで留めた。リビングに二つ、寝室に一つ、脱衣所に一つ。
 降谷さんたちが来る時じゃなくて、本当に良かった。もしかしたら、危険に追いやってしまうかもしれなかったから。当分は忙しそうだからこの部屋に来ることもないだろう。
 いつでも持ち出せるように、写真は書斎に置いておこう。鍵のかかる棚はあそこにしかない。
 本当ならカメラの死角にいたかったけれど、そういうわけにもいかない。
 ソファの上で膝を抱えて、顔を埋める。
 いつどうやって、この部屋に侵入してカメラを仕掛けたのだろう。降谷さんや白河さんが来なくなった日からだというなら、まだ少しは安心できる。

 ――身の回りに変わったことがあっても、連絡してくれ。些細なことでもいい、心配なことは潰しておきたい。

 これは、相談してもいいことなのだろうか。
 どうしてかわたしに異常な好意を持っている人間がやっていることで、この部屋に降谷さんたちを入れなければ何も問題はない。
 直接力に訴えてくるのなら、まだ相談ができたものを。
 相談することすらできない状況に追い込まれては、どうしようもない。
 まずはいつ侵入されたのかだ。宇都宮さんに言えば、部屋の開閉履歴はもらえるかもしれない。それが白河さんから"しばらく連絡を取れない"と電話をくれた後なら、迷惑をかけることはなさそうだ。
 部屋のロックの解除履歴をもらえないかという依頼、内密にしてほしいということを書いた文書を入れた細い封筒を入れて、返信用封筒をつけて宇都宮さんの会社宛に送る請求書を入れた封筒に一緒に詰めた。
 他にもいくつか郵送物を作って、明日まとめて出そうと予定を立てる。
 普通に生活する分には、大丈夫。もう写真は相手の手の内なのだ、今更増えたところで何になるというのか。
 自分に言い聞かせながら、棚に封筒をしまった。
 すっかり日が暮れて、いつもなら夕食を食べる時間だった。食欲なんて湧かずに、早々にシャワーを浴びた。撮られていることはわかっていたけれど、誰かに相談さえしなければばら撒かれもしないはず。だったら言いなりになっておけばいい。
 二時間ほど仕事部屋で翻訳の仕事に没頭して、寝室に向かった。
 どこにカメラがわかっているだけに、見られていると感じて緊張してしまう。
 電気を消して、スマホを手探りで充電器に繋いで、ベッドに潜り込んだ。布団の中だけは、カメラの目も届かない。
 それでもいつメールが来るのかと、眠れない夜を過ごした。


********************


 ちっとも眠れた気がしないまま、朝がきた。
 メールは何も来ておらず、仕事用とプライベート用の二台のスマホも、何も連絡は入っていない。
 少しだけほっとして、スマホを持ってリビングに向かう。テーブルの上に置いて、洗面所で口をゆすいで、顔を洗った。
 鏡を見て、溜め息が漏れる。一晩眠れなかっただけなのに、ひどい隈だ。
 相変わらず何かを食べることが億劫で、朝食を摂ることは諦めた。賞味期限の心配は少しあったけれど、無理に食べても戻してしまう気がした。
 化粧で隈を念入りに隠して、可能な限り普段通りに見せた。とはいえ、顔色はごまかせるものでもない。変に明るい色を使うと、かえって浮いてしまうから。
 それから郵便局に行って、昨日包んだ郵送物をまとめて受け付けてもらい、その足でドラッグストアに向かった。ゼリータイプの栄養補助食品を買い込んで、当分はそれで凌ぐことにした。
 主食にするものではないとわかってはいるけれど、他に何かを食べられそうにないのだから仕方がない。
 買い物を終えて、外から中身が見えないように持ってきたエコバッグに入れて店を出た。
 家に帰るのもなんだかいやだし、どこかで時間でも潰そうか。近くの喫茶店を探そうとスマホをバッグから出したら、不在着信が入っていた。
 番号は藤波さんのもので、慌てて折り返す。

『藤波です』
「穂純です。ごめんなさい、買い物をしていて気がつかなかったの」
『いいよいいよ、気にしないで。ちょっと頼みたい仕事があるんだけど、今から家に行ってもいいかな?』

 よくない。寝不足の頭をフル回転させて、どうにか家の外で会えるようにできないかと考える。

「……今はちょっと、人を招けるほど部屋がきれいじゃなくて。わたしもまだ外にいるから、どこかで待ち合わせできない?」
『うん、いいよ。今の穂純さんの位置情報だとー、そこから北に500mくらい歩くと赤い屋根の喫茶店が見えるはずだよ。そこの奥の席に座って待ってて。僕は偽名使ってないから、普通に呼んで』
「えぇ、わかったわ」

 位置情報を普通に知られているというのに、不快感はない。
 監視されることそのものより、相手が問題だ。
 通話を終えて、ほっと溜め息をついた。
 買い込んだゼリー飲料は隠しておかないとまずい? でも買い物の痕跡がなくなってしまう。少し迷って、中が見えないように置いておけばいい、という結論に至った。
 言われたように通りを北に進むと、赤い屋根のお洒落な喫茶店が見えてきた。店員に後から一人来るということを伝えて、奥の席に座った。
 ソファ席の自分の横にエコバッグを置いて、念入りに口を折って中身を隠した。
 マンションからそう遠くはなかったからか、藤波さんはすぐにやってきた。

「やぁ、穂純さん」
「こんにちは」

 スーツで栄養ドリンクを喉に流し込みながらパソコンに齧りついているらしい普段とはうってかわり、落ち着いた清潔感のある私服だ。

「ごめんね、急に呼び立てて。ちょっと渡したいものがあってさ」
「暇だったから、気にしないで」

 ごそごそと鞄を漁り、出てきたのは北海道のある牧場の名前が入った袋。
 受け取ってみると、手ですっぽり握れる程度の大きさだとわかる。

「旅行に行ったから、そのお土産だよ。開けてみて」

 促されるまま、中の白い箱を取り出す。
 周囲から見えないように蓋を開けて、中にUSBメモリが入っていることを確認する。

「明後日からは仕事の出張なんだよね」

 締切は明後日。頷いて、相槌を打つ。

「忙しいのね」
「まぁね。そっちは? 何か変わったことあった?」

 世間話の風を装いながら、合わさった視線は探るような光を灯している。
 嘘ではない、些細な話といえば。

「……最近電気料金が高いぐらいかしら。先月は外出することの方が多かったのに、変よね」

 電気系統の話をすれば、気がついてもらえるだろうか。
 そんな願いを込めて、核心には触れずに本当のことを伝えた。

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