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 赤井さんについた嘘。
 "日本警察に、FBIに手を貸すことを黙っておく"と言ったこと。でもこれは、白河さんがごまかしてくれている。わたしはただボディーガードを雇っただけで、そのふりをして警察官として赤井さんに近づいたのは白河さんたちだ。わたしの知る限りでは、赤井さんはわたしが白河さんたちの正体を知らないと認識してくれている。
 盗聴器に関して、"自分以外に誰が気がつくのか"と言ったこと。これはもう、白河さんが接触したこと、ボディーガードとして雇ったことを知れば真実はおのずと知れたこと。わざわざ指摘する必要もない話だ。
 車に乗りたくない理由は、逃げられない状況をつくりたくないからではなくダイエットのためだと口にしたこと。どちらであっても大差ない。
 寝室に白河さんがいたことについて、何も気がついていないふりをしたこと。これもボディーガードを雇って赤井さんの真意を確かめようとしていたのだと伝われば、それでおしまいの話だ。
 安室さんが、何者なのかを知っているか否か。組織のことを知らない人間であれば、安室さんをただの探偵だと信じていたもおかしくはない。存在を知ること自体が危険なあの組織に関して、あれ以上掘り下げてくる理由もない。
 あとは、あながち嘘でもない話ばかりだ。

『君は黒川さんが本当は何者なのか知っていただろう』
「どういうこと?」
『意地の悪い。彼女が本当は白河という、日本の警察官であると知っていただろう』
「どうしてそう思ったの?」
『食事の間は確かに迷いが見えたが、食事の後は協力をしてくれると申し出てくれたな。彼女ともう一人のボディーガードの協力を許可しろ、という条件付きで。自宅で待機することが前提なら、否が応でも白河捜査官たちも現場から離れざるを得なくなる。それを危惧して、二人が現場に居られるように配慮したんだろう。君が信頼する警察官がそばにいるのなら、俺に身の安全を保障してもらう必要もない』

 長引かせた話の間に、降谷さんが書いてくれたメモを見る。
 "正直に"。別にこれはいいのか。

「えぇ、知っていたわ。いわゆる彼らの外注先なの」
『あぁ、どうやら君は俺の前で披露してくれた日本語、英語、フランス語、ロシア語、ギリシャ語の他にドイツ語にも通じているようだからな。知り合いに確認したよ』

 知り合いというのはコナンくんだろうか。それともジェイムズ・ブラック氏? エドとの繋がりを赤井さんの前で示した覚えはないから、前者の可能性が高い。
 そして、メールサーバーをハッキングしたという事実を知られないために敢えて伏せているようだけれど、とうにそちらも調べ終えているはずだ。

「それを知ってどうしたいの?」
『本当に安室という男の正体は知らないのかを知りたい』

 やっぱり知りたいのはそのことか。隣にご本人がいるわけだけれども。
 探りを入れられているとあって、降谷さんの表情も険しいものになった。

「随分気にするのね? なんなの一体」
『……思いの外良心的な金額で仕事を請け負ってくれた君に対する、心からの忠告だ。そいつからは離れた方がいい』

 金額に関しては当然のこと、きちんと相場も調べて設定した金額だ。内容によってクライアントと独自の金額を設定することがあったとしても、今回のFBIからの依頼にはそういう合意の下での価格設定は適用されていない。
 納得してくれているならいいかと思い、忠告の方に思考を巡らせる。
 わたしは安室さんが単なる探偵だと信じている。それなのに赤井さんは"離れた方がいい"と言う。

「その理由を知りたいところね」
『世の中には知らない方が幸せなこともあると思わないか?』
「知らなければ納得できないことの方が多いと思うわ」

 電話の向こうで、苛立ち紛れにグラスを置く音がした。
 組織のことは口にできない、けれどわたしは理由を知らなければ安室さんと距離を置くことに納得しない。
 わたしの身の安全を思って言ってくれている以上、ままならない思いも一入のはずだ。

『本当に信用しているのか』
「確かに笑顔が胡散臭い人だとは思っているけれど。知り合いを助けてくれた後もあれこれ心配してくれるし、いい人よ?」

 笑顔が胡散臭いのは間違いではない。降谷零という人間を知っていれば、安室透という別の人間を演じるためのものだとわかってしまう。
 降谷さんはなんとも言えない顔をして、静かにバーボンの入ったグラスを傾けた。

『信用はしていないが表面的に付き合う程度には問題のない相手だと認識している、と』
「そういうこと」

 これは、警察官である降谷さんを全面的に信頼していても、安室さんやバーボンに対してそうできないことからも嘘ではない。
 必要となってしまえば、葛藤を抱きながらも躊躇いなく始末をするだろうから。

『……そういう認識ならこれ以上は何も言わんさ。この番号は登録し直しておいてくれ。そして君がいつも使っている連絡先も教えてほしい』
「FBIともやりとりしてるなんて知られたら、日本の警察に睨まれるわ。お断り」
『逃げ道は確保しておくべきだ』
「それは嘘ではないんでしょうけどね。透けて見えてるわよ、必要があればまた依頼しようって魂胆が」
『それは、否定せんが』

 実際は白河さんとのやりとりを盗聴して知っている、彼からの評価だ。
 なんにせよ、少しでもやりにくいと思ってもらうに越したことはない。

「わたし、知らない番号からの電話は出ない主義だから」
『解約する前に覚えておいてくれ』
「生憎と携帯の電話番号なんていくつも覚えられるほど記憶力が良くなくて」
『新しい顧客の可能性は』
「言ったでしょう、特別だって。普段は紹介されたクライアントからの依頼しか受け付けてないの」
『……次に会ったら覚悟しておいてくれ』
「忘れてなければね。それじゃあ」

 通話を切って、ついでに電源も落としておく。
 赤井さんのことを知っていて、頼れる相手でもあるということをわかっているのに、容赦なくその連絡口を絶つことが信じられなかったのだろう。ブルーアイズを丸くしてこちらを見る降谷さんの顔を見て、口角が上がった。

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