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 ずっとサイレントモードにしていたスマホを、マナーモードに切り替えた。
 一時間に一回ずつ着信があったから、おそらくそろそろ鳴る。
 通話の音量設定を上げながら向かいのソファの降谷さんの左隣に座った。さすがにスピーカーフォンに切り替えたらばれるだろう、と考えてのことだ。
 案の定着信が入って、画面には"赤井秀一"という文字が表示された。通話ボタンをタップして、スマホを耳に当てる。

「穂純です」
『赤井だ。やってくれたな、単なる警戒心の強い子猫だと思って甘く見ていたよ』

 喩えがひどい。
 いつもの厚い面の皮はどこへやら、隣で降谷さんが肩を震わせていて、頼むから静かにしていてほしいとつついた。

「何のことかしら。あぁ、振込は確認したわよ。領収証はどうしましょうか」
『本国に連絡を入れておくから、悪いが送ってくれ』

 迂闊に滞在先を伝えるわけにもいかないのだろう。
 別にそれはかまわない。

「かしこまりました。じゃあ――」
『待て、切るな。君には答え合わせをしてもらわなければ困る』

 "やってくれた"と言ってはいたものの、怒っているわけではなさそうだ。
 そもそも怒気を表に出すことが少ない人だから、その判断も難しいところだけれど。

「わたしも暇じゃないんだけど?」
『現在地が暇だと示しているんだが』

 バーにいることは知られているらしい。
 一人でいると言ったら来そうだし、ちょうど隣に降谷さんもいるし。

「デート中なの。これだけ電源切り忘れてたのよ」
『それはすまなかったな。君の相手がデート中でも他の男との電話を許してくれる寛容な男で良かった。それで、やはり端末を複数持っていたか」

 スマホが他にあることは予想していたらしい。
 何かしらの方法で通話記録を調べれば、この端末が赤井さんとしかやりとりをしていないことはすぐにわかるはずだ。

『その端末、連絡先は何件登録してあるんだ』
「一件だけ。使う用事もなくなったから明日には解約する予定だけれど」
『……最後までやってくれる』

 苦々しい思いを隠さない声に、思わず口角が上がる。

「それで、答え合わせって?」
『君の嘘についてだ』

 これまで赤井さんに対してついた嘘をすべて挙げるのは面倒くさい。
 それに、こちらから教える義務もない。

「どれのこと?」
『……言わなければ答えるつもりはないのか』
「いいえ。どんな嘘をついたか覚えていないだけよ」
『よくわかった、それも嘘だな。面倒なだけだろう』

 慎重な言葉選びと、わたしが嘘を言ったとわかった瞬間の気の抜けるような返し。
 しかし諦めてくれる様子はない。

「あら、わかっちゃった?」
『君が嘘をつくのは知られると都合の悪いことがあるときと、面倒ごとを回避したいときだろう』

 うん、これも当たり。
 もう少し適当な嘘もつけるように練習した方が良さそうだ。

「さぁ、どうかしら」
『嘘つきにこの問答は無意味だな。本題に移ろう』

 隣に降谷さんがいる状況でよかった。鞄から手帳とペンを出して、何かあれば手助けができるようにと用意してくれている。
 目を合わせてひとつ頷き、"どうぞ"と続きを促した。

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