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白河さんに預けていたスマホを受け取り、着信を知らせる画面の通話ボタンをタップし、耳に当てる。
「はい」
『無事か?』
「おかげさまで。これで仕事は終わりよね」
『あぁ。……いくつか質問しても?』
きた。彼と知り合いだということは見抜かれてしまっているだろうし、それは覚悟の上でやったこと。
頭の中で表に出していい情報を整理し直しつつ、窓の外を眺める。
「どうぞ」
『あの男とは何を話していた? コンテナに近づいてきた、金髪の男だ』
「安室さんのこと? お互いに何をしてるのか訊いていただけよ。あの取引のことを調べていたんですって。FBIが動いてるならってすぐにその場を離れてくれたわ」
"同じような目的"とは言っていたけれど、調べていただけかどうかは定かではない。それはわたしの知るところではない。
FBIがいるならと、その場を離れたのも事実。
これはわたしが彼の正体を知っていたとしても、探偵だと信じていたとしても、変わらないことだ。
嘘は極力つかないでおく。
『……君はあの男が何者なのか、知っているのか?』
今の受け答えでは、判断がつかなかったらしい。
慎重さの窺える問い方だ。
「大仰な聞き方するのね。安室さんは探偵よ、前に知り合いのことを助けてもらったの」
これも嘘ではない。エドのことを助けてもらったのは事実だ。
次にどんな質問が来るのか、どきどきしながら待つ。どうか答えられない質問ではありませんように。
『……そうか。請求についてだが』
良かった、組織のことは知らなそうだと踏んで詮索をやめてくれた。
車に置かせてもらっていたバッグの中から、請求書を引っ張り出す。
「請求書は用意してあるわよ。今から受け取りに来る?」
『金額を見るのが恐ろしいが』
「確かに高額かもね。仕事そのものより割増料金が特に」
夜間割増はともかくとして、危険割増が大きい。
一応、料金表はつくって宇都宮さんの顧問税理士にも見てもらってはいるから、高額だなんだと言われることはないはず。
あとは相見積を取らなかったFBI側の落ち度だ。あの状況で取れるかと言われたら、それには頷けないけれど。
『だろうな。まぁいいさ、言い値でと言ったのはこちらだ。連中は全員英語が理解できるらしい、これ以上君を危険な目に遭わせる必要はなさそうだ』
つまりは、この一件に関しては完全に業務完了だと。
「ご利用ありがとうございました。黒川さんに代わりましょうか」
『頼む』
スマホを白河さんに渡して、自然と正してしまっていた姿勢を崩し、背もたれに寄りかかった。
どこで落ち合うか相談しているのを聞き流しながら、細く息を吐く。
「――じゃあ、そのコンビニで」
どうやら集合場所はコンビニらしい。
通話が終わると、白河さんはスマホを返してきた。
それをバッグにしまって、膝の上に載せる。
「風見君、その先の左手にコンビニがあるから、そこ入って」
「わかりました」
「さて、ひとまず赤井捜査官の疑念は晴れたかな。ま、次に電話がかかってくるまでに、彼のこと以外は全部暴かれるだろうけどね」
「でしょうね……」
降谷さんに対する認識は、"ただの探偵だと信じている"と判断してくれていると思うけれど。
扱える言語の数だとか、本当は警察の人間とやりとりをしていることだとかは、きっとすぐにわかってしまう。
コンビニに着くと、風見が飲み物を買ってきてくれた。
それを飲みながらしばらく待つと、隣に大きな黒い車が停まった。
「ん、来たね。請求書くれる?」
「はい」
白河さんに請求書を渡して、車の中で待機した。
背凭れに寄りかかって俯いていれば、疲れて寝ているのだと思ってくれるだろう。
これ以上問答のために頭を使いたくないのも事実だ。
やりとりが終わり、近々"死ぬ"ことになる背を横目で見送った。
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