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赤井さんは車から降りてくるなり、わたしの姿を頭の天辺から爪先までさっと見下ろした。
「黒川さんの指導か? 派手好きらしい君のことを心配していたんだが」
黒い服を着ていることが意外なのか、パンツスタイルでいることに驚いたのか。一昨日会ったばかりの彼のことだから、勝手に想像していたに違いない。そもそも派手好きなわけじゃない、そう言い返したいのを堪えて、言葉にせず溜め息にして吐き出す。
「目立ちたくないもの、当然でしょ」
「あぁ、安心した」
ちっとも突っかかってこない。昨日の家でのやりとりが嘘のようだ。
「……やりにくいわね」
「君は随分とお人好しのようだからな」
「よく言われるわ」
素直な好意や心配を無碍にできないことを見抜かれてしまっている。
そもそも、興味本位とはいえ困っているところを助けた時点でそういう部分もあると気づかれていたのだろう。
散々可愛げのない態度を取ってきたのに、暖簾に腕押し状態になってしまった。これはもう意味がないのではないだろうか。
もういい、さっさと話題を変えるに限る。
「……それで、わたしはどこから取引を確認すればいいの?」
赤井さんは車の助手席から何やらクリアファイルに入った書類を取り出した。
どうやらこれから行く取引場所の港の見取り図らしい。
たしか、七番倉庫の南側だったか。赤いペンで丸が描かれている。
「黒川さんたちには伝えてあるが、倉庫の近くに隠れやすいようにコンテナが置いてある。その陰に隠れて、取引を聞いてくれればいい。俺は離れたビル――この方角だ――の上からスコープで君の動きを確認する。当たりなら車のタイヤを撃ち抜いて移動手段を封じたうえで、隠れているこちらの捜査官で取り囲んで捕らえるつもりだ」
地図を確認して、赤井さんの指先を追う。
コンテナが置いてあるのは七番倉庫の北側だ。南北に並ぶ倉庫の最南端が、七番倉庫。赤井さんは陸側の離れたビルで待機するらしい。
「近いわね」
「大丈夫だ、君に近づく人間がいたら黒川さんが対処するし、すぐ近くに車も停めておける。最悪の場合は俺が撃つ」
「……それならいいけど。できれば目の前で人が撃たれるのは見たくないわね」
「善処しよう」
スコープで取引の様子もわたしたちの周囲の様子も見たいとなったら、近いところに配置した方がいいとの判断らしい。
黒川さんも口を挟まないし、それでいいのだろう。
「どうやって伝えたらいい?」
「"待て"の間は掌をこちらへ向けて、"当たり"ならすぐにその場を離脱してくれ。トラブルで離脱するなら、フードを被り直すこと。あとは黒川さんの指示に従っていればいい」
「わかった」
すっかり日も暮れて、空が桔梗色に染まった。
風見の運転で港まで行き、倉庫の近くに車を停める。風見はいつでも車を出せるように待機、黒川さんはわたしから少し離れた、倉庫の北側も南側も見られるところで周囲の警戒。
とりあえずコンテナのそばまで来て、身を潜めた。貸してもらったインカムからは、白河さんの声が聞こえてくる。
『ひとまず周囲に異常はなし。そのまま待機』
ひとつ深呼吸をして、体の力を抜いた。
時間まではあと十五分ほど。そろそろ、降谷さんも到着するのではないだろうか。
バーボンを知っている赤井さんに、わたしに組織との繋がりがあるとも、バーボンが本当は公安の人間であるとも思われないように。そして、この場で捕まることもないように。うまくできるだろうか。
『……彼が到着した。トラックごと奪うつもりみたいだね、少人数だ。……彼はたぶん案内役と運転手だな。近づいてくる、うまく対処して。大丈夫、赤井捜査官は撃たない。宣戦布告をすれば危険なのは穂純ちゃんだから』
この会話は、赤井さんには届かない。それでも、緊張してしまう。
自分が疑われないように、彼が敵だと考えてもらえるように、そして互いに危害を加えることのないように、上手く振る舞わなければ。
耳をすませると、微かに足音が聞こえてきた。
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