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前菜として出された生ハムのサラダ。もちもちとしたパスタと弾力のあるきのこに絡まる、さっぱりしたクリームソースとトリュフの風味いっぱいのエスプーマソース。
重苦しい空気をどうにかする程度には、食事のおいしさは気分を明るくしてくれた。
食の進むわたしを見て、赤井さんは少しほっとしたようだ。
「お気に召したようで」
「とっても!」
お腹が空いたのは事実だったのか、赤井さんも料理はしっかり食べている。ぱくぱくと食べ進めていくのに、品の良さを感じさせてくるところが意外というか。そもそもウイスキーだけで生きていそうだなと思うぐらいお酒を飲んでいるイメージしかなかったから、食事をするところを見るのが新鮮だ。まぁ、沖矢昴に変装しているときに、自炊を思いの外楽しんでいるらしいことはわかっていたけれど。
ストロベリーとチョコレートのソースをかけたパンナコッタを食べながら聞かせてもらった話も、ウィットに富んでいて楽しめた。気心知れた同僚とはもっと軽いやりとりもしていたのだろうということが垣間見えて、見てみたいような気持ちにも駆られる。宮野明美さんが亡くなって間もないはずだから、無理をしていなければいいとも思う。いずれにせよ、知らないことにして接するのが一番なのだろう。わたしにとっても、彼にとっても。
食事を明るい気分で終えて、そもそもは昨日のお礼のための食事だったので、素直にご馳走になった。
……できれば電話で、家からも出ないようにして済ませたかったけれど。"可能な限り協力したい"と思わせてきた彼に、頑なに協力を拒むのも変な心地だ。
お店を出て、風見に連絡を取り。迎えに来てくれた車の中で、口を開いた。
「赤井さん」
「なんだ?」
「近くまで行くわ。……通信妨害もないとは限らないし」
驚いたようすでこちらを見る赤井さん。白河さんも、助手席から顔だけ振り返ってこちらを見ている。
「ただし、この二人の協力も許可して」
「……本当にいいのか」
「"正義のために命を懸けてでも協力しろ"……とか、そんな風に言ってくるならお断りだけれど。ちゃんとわたしの事情を汲んでくれたじゃない。特別サービスとでも思っておいて。もちろん報酬はきちんと請求するけれど」
「そうか……。二人の協力も、請求に関してもかまわない。協力、感謝する」
「えぇ」
取引は明日。場所の見当もついているのなら、過度な連絡は控えるべきだ。待ち合わせの場所と時刻だけ取り決めて、マンションの前で赤井さんと別れた。
風見は一度警察庁に行って藤波さんに暗号を渡してくると言うので、白河さんと一緒に部屋まで帰った。
盗聴器の確認をしてもらって、安全が確認できると白河さんは深い溜め息をついた。
「助かったよ。現場に同行できるように話を持っていってくれて。穂純ちゃんに違和感を持たれる状況作ると、赤井捜査官に疑われてたかもしれないからさ」
「行っても大丈夫かなって、思えたから」
「うん。あとは降谷君が庁舎に来ないことを祈るばかりだな……。ところで穂純ちゃん、ついぞパジャマ以外でパンツ系の服装を見たことないんだけど……持ってる? あと動きやすい靴」
少しずつ買い足してきた服に、確かにパンツ系のものはない。オンとオフで系統は違えど、スカートかワンピースばかりだ。靴もそれらに合わせているから、動きやすいものはない。
「……ない、かも」
「よし買いに行こう、今すぐ買いに行こう! 顔隠せるようにフードパーカーも要る!」
「はーい。車出します?」
「頼んだ。なんか"お前には車貸したくない"ってすっごい言われるんだよね」
「彼も言ってましたね。……スピード狂?」
「そんなことないよ、無事故無違反! ただし最近車の運転を避けられてばかりなのでペーパー気味」
「たぶん原因それですよね」
荒い運転の人に車を貸すのは不安、これはわかる。同時に免許取り立てとか、何年も乗ってないとか、そういう人に貸すのも不安だ。とてもよくわかる。
洗面所に行って少しだけ化粧を直す。入口の脇に立ち、腕を組んで壁に寄りかかる白河さんは、ひとつぼやいた。
「……車買うかー」
「持ってないんですか?」
「なんか必要に駆られなくて。カーチェイスなんて降谷君が大体やってくれるし」
降谷さん、そういうの担当でもあるのか……。
トリプルフェイスをしてなくても忙しいんじゃないだろうか。
「日頃から乗っておいた方がいいんじゃ……」
「そうだね、普段乗らないからそういう仕事が回されなくて、それで乗らなくなっての悪循環だもんね。降谷君にでも相談に乗ってもらおう」
化粧を直し終わって、鏡を見てちゃんと笑えることを確かめて。
「白河さん、出ましょうか」
「ん、準備できたね。行こっか。設定忘れてない? 演技できる?」
ボディーガードと、その雇い主。設定はもちろん忘れていない。
「もちろんよ。外出中の警護はよろしくね、黒川さん」
にこりと笑いかけると、白河さんは目を細めた。
「かしこまりました、穂純さん」
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