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風見がすべてのドアにロックをかけて、ひとまず突然捕まることはなさそうだと、ふぅと一息つく。
「これを」
風見からイヤホンを手渡されて、素直にそれを受け取って着けた。
白河さんと赤井さんの声が聞こえてくる。
『厄介なストーカーにつけ回されているのかと思ったが……違ったらしいな』
赤井さんは尾行に気がついていたらしい。
そして、ジャケットを渡された意味もわかった。屈んだ時に短いタイトスカートのせいで見えてしまう脚を隠そうと気を遣ってくれたのだ。
厄介なストーカーを刺激するようなことをしてはいけない、と。
『驚いた?』
『あぁ、何が目的だ』
『あんたの目的を確かめに来た。彼女にはボディーガードとして雇われたことになってるが……私はこういう者でね』
『ホォー……彼女はこのことは』
『知らないはずだ』
どうやらわたしは白河さんと風見が警察官であることを知らない設定にされたようだ。
頭の中で情報の整理をしながら、会話に耳を傾ける。
『では日本の警察官の知り合いというのは?』
『いるにはいるけど、別に仲良くはないだろうね』
これは白鳥警部の話。呼べばすっ飛んできてくれる人は確かに今そばにいるけれど、白河さんはごまかした。
『なるほど、俺に首輪をかけたかっただけか』
赤井さんの言葉の通り、下手なことをしないように制したつもりだった。
わたしの言う日本の警察官が白河さんたちか白鳥警部かの違いがあれど、結論はひとつに落ち着いた。
『あんたたちは彼女をどう見てる?』
『簡単に調べた限り……一度きりで使い捨てるには惜しい能力とコネクションを持っている、と』
あ、これ降谷さんたちのときみたいにメールを見られている気がする。
セキュリティについて宇都宮さんに相談するべきかと考えた。
とにかく、白河さんが取りたがっている確認は取れた。
『……いいだろう。こちらは捜査官二人、微力だが協力させてもらう』
『彼女の警護に当たりたいということか?』
『ご名答。彼女には死なれちゃ困るんでね』
『……承知した』
ひとまず、うっかり現場に連れて行かれるということもなさそうだし、その万が一があってもちゃんと守ってもらえそうだ。
尤も、無関係のストーカーにすら対処しようとしてくれていたのはわかったので、出かける前ほど彼のことを信用していないわけではない。
「穂純、現状の設定は?」
会話が途切れると、風見が話しかけて来た。
「わたしはあなたたち二人をボディーガードとして雇っていて、本当は警察官であることは知らない。赤井さんはわたしがドイツ語がわかることは知らないけれど、ロシア語とギリシャ語がわかることは知ってる……ってことを、わたしは認識してる」
ややこしい。通じたかと不安になりながら風見の顔を見ると、風見は少し笑った。
「それでいい。……まぁ、バレてるだろうな。五ヶ国語に収まらないことは」
「多分ね……」
風見の苦笑に、こちらも同じように返す。
"開けるぞ"と言った風見がドアロックを解除すると、すぐにドアが開けられた。
赤井さんはわたしが置いてきたジャケットを着て、後部座席に乗り込んでくる。右頬に小さな切り傷をつくった白河さんも助手席に乗った。赤井さんに元々の行き先を確認すると、風見が車を発進させる。
白河さんの怪我のことは気になるけれど、今はそれが仕事だと振る舞わなくてはならない。
とりあえず、赤井さんに謝罪をすることにした。
「……ごめんなさいね?」
「清々しいほどに誠意のない謝罪だな。こちらにも非があるから気にはしないが」
白々しくて悪かったわね。そう言いたいのを堪えて、意外に思う表情をつくって見せる。
「へぇ。非があるって思ってるの?」
「君の信頼を勝ち取れなかったがために、逃げられたんだからな。まぁ、君に怪我がないなら良かった」
微かに笑いながら告げられた赤井さんの言葉が良心にぐさりと突き刺さる。
狙ってやっているんじゃないだろうかとも思うけれど、判断がつかない。
「……ジャケット、置いてきてごめんなさい」
「スマホが入っているのを気にしてくれたんだろう? 持ち去られるよりいい」
「お見通しだったの。……まぁいいわ、心配してくれてありがとう」
「あぁ」
数分も走れば目的地に着いたのか、風見が路肩に車を停めた。
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