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 食事の誘いに、頷くべきかどうか迷った。
 目の前の彼が義理を通そうとしていることはなんとなく感じているけれど。それと同時に、自由の利かないこの部屋から出ておきたいというのも事実だろう。
 別にそれはいい。けれど車には乗りたくない。

「徒歩で行けるところならかまわないわ」
「なぜ?」

 車なら、昨日知り合ったばかりの男の車には乗りたくない、――これはだめだ。ならタクシーかバスか、電車で行こうとか言われるに決まっている。
 タクシーやバスはまだいいけれど、電車だなんて言われたら全力でお断りする。けれど、頑なに電車に乗ることを拒めば、事情を知る降谷さんたち以外には怪しく思われかねない。
 それなら、端から乗り物を使うという選択肢を排除すればいい。

「野暮なこと聞かないでよ。最近運動不足なの。たまには歩かないと」
「……別に構わんが」
「そう、良かった」

 カップを水に浸けて、"鞄を取ってくる"と言って寝室に足を向ける。
 時間はないけれど、白河さんに指示を仰がないと。
 部屋に入ってドアを閉め、すぐ横に白河さんがいることを確認する。スマホを手渡されたのでそれを受け取り、クローゼットに近づきながらメール画面に入力された文字を読む。

 "何があっても赤井に守られていること"

 下手に誰かと手を組んでいると思わせないため、だろうか。
 いざとなれば白河さんが対処してくれるのだし、心配はしていない。
 鞄を手に取って中に財布と二台のスマホがあり、サイレントモードになっていることも確認して、赤井さんの連絡先が入ったものもその中に入れた。
 白河さんに無言でスマホを返してから、ドアを開けて寝室を出る。ドアはあえて閉め切らず、音を立てずに出られる状態にしておく。
 出かける準備が整い、赤井さんを伴って部屋の外に出た。
 鍵が自動でかかったことを確認して、歩き始める。

「お店は決めてるの?」
「候補はいくつか。食べられないものは?」
「辛いのは苦手」
「ふむ、なら駅の向こうか」

 一階に止まっているエレベーターを呼び出しながら、はて駅の向こうには何があったかと思考を巡らせる。
 駅周辺なのでお店なんてごろごろあるし、見当がつけられない。
 エレベーターの扉が開いたので、乗り込んで一階のボタンを押す。

「寝室に誰かいたか」

 唐突な問いにどきりとするけれど、驚いて見せても"普通"の範疇だ。

「……なんで? 何かあったの?」
「いや……なんでもない」

 白河さんの存在に気づかれているかもしれない。それとも今の返答で、気のせいだと思ってくれたか。
 赤井さんの感情は読み取りにくいから、わからない。さすがは元潜入捜査官、というか。

「君の部屋は居心地が悪いな」
「家主が大して歓迎してないせいじゃない?」
「探りを入れたことはすまなかったと言っているだろう」

 赤井さんが胸ポケットに入れているスマホがメールの着信を知らせた。
 それを確認するのを尻目に、パネルの上の数字が減っていくのを眺める。

「別に気にしちゃいないわよ、もう二度としないでくれるなら、だけれど」
「あぁしないさ、無意味だということはよくわかった」

 言っている意味がわからない。
 顔を見上げると、赤井さんは自分のスマホを見せてきた。
 表示された受信メールの本文には、"broken"という単語のみが表示されている。

「君の部屋につい先ほど仕掛けてきた盗聴器が壊されたそうだ」
「はぁ!?」

 またやったのかこの人!
 責めるために睨んだのに、人差し指を立てて、しー、と子どもに言い聞かせるように"静かにしろ"と言われてしまった。
 いや悪いのあなたでしょ。
 言いたいことを飲み込んで黙り込むと、直後にエレベーターの扉が開く。着いたのか。
 とりあえずはと降りて、エントランスを抜ける。駅の向こうということはわかっているので、ひとまず駅へ向かう道を進んだ。

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