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 赤井さんがいつ来るかわからないので、仕事部屋でスケジュールの組み直しをして時間を潰した。
 別段ぎちぎちに組んでいたわけでもないので、もう明日に迫った取引の後に回しただけだ。
 ずっと前に用意してこれまで使うことのなかった、一番安いプランで契約した古い型のスマホも手元に置いている。彼から仕事を受けるのは今回限り。米花町で表立って動いているなら、そのうち死を偽装する必要も出てくるだろう。そうなれば、もう接触する必要はない。使い捨てのために契約したそのスマホも、解約してしまえばいい。
 ぐっと体を伸ばして強張った体の力を抜いていると、インターフォンが鳴った。
 仕事部屋を出て、リビングにあるモニターをつける。相変わらずのニット帽に、黒い服装。端的に名乗ったのを確認し、エントランスの扉を開ける。数分すれば玄関のドアが叩かれて、すぐに迎え入れた。

「おはよう。暗号は解けた?」
「あぁ。目星はついている」

 さすがはFBIきっての切れ者。ふーんとだけ返して、リビングに案内した。

「今日は生活圏に入れてくれるのか」

 意外だとでも言いたげな語調。
 カウンターの上に置かれたコップを指差して返事をする。

「また仕事部屋に盗聴器なんてしかけられたら堪らないもの」
「ホォー……君が気がついたのか?」
「わたし以外に誰が気がつくのよ」
「ふむ、それもそうか」

 ひたすら可愛げのない返事をしておくこと。"もう頼まない"と思ってもらった方が都合がいい。
 けれど、取引は潰してほしいので、協力する姿勢は崩さないこと。
 相反する態度を取るのはなかなか難しいけれど、これで問題ないはず。
 赤井さんの態度は平淡で、どう考えているのかいまいちわからない。
 ソファに座ってもらって、コーヒーと紅茶を淹れる。

「それで、今日は何のために来たのかしら? 目星がついたのならわたしは要らないでしょう」
「要るさ、こちらが捜査の対象としているものかどうか、取引を確認してもらわなければならん」
「現場には行かないからね」
「君の身の安全は保障する」

 先手を打ったのに相手にもされなかった。
 お茶を淹れ終えて、トレーにソーサーと一緒に載せて運ぶ。
 下手をすると組織とバッティングするかもしれないから行きたくない、とは言えないし。
 本来わけもわからず見ただけでアウトだ。顔を認識されたが最後、死ぬまで追われるかもしれないなんてごめんだ。
 けれどそれを知らないと思われているから、下手に口にできない。

「あなたたちに命を預ける気はないわよ。盗聴器までしかけておいて、信頼されると思っていたの?」
「それについてはすまなかった。こちらも君が信頼できる人間か否か、確かめておきたかったんでな」

 ソーサーを置き、その上にカップを置いて、トレーをカウンターに戻して対面のソファに座る。
 スティックシュガーとポーションミルクを入れて、ティースプーンでかき混ぜながら赤井さんの顔を見た。

「で? 信頼できるから来たわけ、それとも監視のため?」
「半々だな」
「曖昧ね。背後から撃たれないように、連れて行かない方がいいんじゃないの」

 これはいい話の流れ方ではないだろうか。
 しかし、赤井さんは鼻で笑った。

「背後から撃つ? 君にそんな芸当ができるのか?」

 わかりやすい挑発だ。負けん気の強い人間なら、"やってやろうじゃねぇか連れてけやオラァ"なんて言うのだろうけれど、というか白河さんなら絶対言うと思っているのだけれど、わたしはそうではない。
 出来上がったミルクティーを一口飲んで、目を細めて見せる。

「できないってよくわかってるんじゃない。お荷物連れてくのが合理的じゃないって理解できてるなら、"一緒に来い"なんてバカみたいなこと言わないでちょうだい」
「ハァ……わかった、なら連絡先を教えてくれ。電話越しの確認でいい」
「それならいいわ」

 元よりそのつもりだ。赤井さんも駄目で元々、直接取引を確認してくれるなら幸運、断られれば電話越しで、その程度の意識だったのだろう。
 テーブルに置いていたスマホを手に取ると、赤井さんが意外そうに手元を見てきた。

「……随分古い型だな」
「気に入ってるの」

 好みのデザインのものを選んだのは事実だ。
 気に入ったものを数年使っているということにして、番号を告げてかけてもらう。
 この端末と連絡を取るのは彼のスマホだけだ。特に登録する必要もないけれど、一応名前を入れておく。漢字を聞くことも忘れない。あちらも名前を訊いてきたので、これまで教えていなかった名前をとうとう教えることになった。

「確認は」
「電話で結構。静かにしていてくれさえすれば、聞き取れるわ」
「……わかった」

 鋭いモスグリーンの瞳は、探るようにこちらへ視線を注いでくる。
 居心地が悪い。
 盗聴器に意味はない、だから監視も兼ねて家に来た。けれど、この家はわたしのテリトリー。彼が好き放題できる条件は整っていない。
 赤井さんはコーヒーを飲み終えたカップを置くと、ゆっくりと口を開いた。

「……昨夜助けてくれた礼がしたい。食事にでも行かないか」

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