57

 翌朝はすっきり目覚め、トーストを食べて昨日のカップとまとめて洗い物をした。
 洗濯も終わってベランダに干したし、掃除も軽く済ませたし。
 化粧のチェックをして問題なさそうだと踏んでリビングに戻ると、スマホが着信を知らせていた。
 通話のボタンをタップしてスマホを耳に当てると、すぐに白河さんの声が聴こえてきた。

『おはよ、穂純ちゃん。誰も来てないなら喋らないで、入口開けてくれる?』

 インターフォンは鳴らないままだけれど、モニターで白河さんの姿を確認して、エントランスの扉を開ける。

『ありがと。通話はそのままね』

 やっぱりこの部屋に盗聴器が仕掛けられているのだろうか。
 わたしに喋らせないのは、きっとそれを警戒しているからだ。
 しばらく待つと、今度は部屋の鍵を開けてほしいと言われた。
 鍵を外してチェーンをかけたまま、そうっと扉を開ける。廊下にいるのが白河さんであることを確認してから、チェーンロックも外した。
 白河さんは滑り込むように入ってきて、静かに扉を閉めると音もなく靴を脱ぎ、仕事部屋の扉を指差して何かを捻る仕草をした。あ、鍵か。カードキーを渡して指で四桁の暗証番号を伝えると、白河さんはそれを持って仕事部屋の扉に近づいていく。
 動かないで、と手で制され、足音どころか呼吸も潜めて、白河さんがごく普通に物音を立てながら鍵を開けるのを見つめた。
 部屋に入っていった白河さんは、少しすると苦笑いを浮かべながら出てきた。
 見せられたのは、二つの小さな黒い物体。白河さんはキッチンに行くとコップに水を注いで、持っていたドライバーで物体を刺し貫き、水の中にその物体を放り込んだ。

「ソファの下とコーヒーメーカーの裏に盗聴器。覚えある?」

 来てすぐにコーヒーを淹れたときと、彼が自分でコーヒーを淹れたときか。
 はじめは彼に背を向けていたし、自分で淹れてもらった時は、本人の体で手元は隠れて見えなかった。
 意識していたとはいえほとんど視線はモニターに釘づけだったのだし、チャンスはいくらでもあったはずだ。

「あります……」
「寝室で布団に包まって電話くれたのは正解だね。さて、昨日の経緯を聞かせてくれる? この案件が解決するまで、嘘はなし」
「えっと、実は――……」

 昨日データを入れたUSBメモリを渡してからお互いソファに座って一通り経緯を話すと、白河さんは額に手を当てて苦笑いで溜め息をついた。

「穂純ちゃん迂闊すぎ。いいんだよのんびりしてきて」

 時間がないと思って焦り、席を立とうとしたのが間違いだった。
 "用事を思い出して"という言葉も、会話を理解していることを指摘された焦りで咄嗟には出てこなかった。
 降谷さんとの問答でも、それで自分の動揺を増幅させ、彼には勝ちを確信させてしまったというのに。

「そう、今思えば本当にそれなんです……。彼にもあれだけ言われたのに……」
「穂純ちゃんはプロじゃないし、どの道何かで気づかれて逃がしちゃもらえなかっただろうけどね。こっそり連絡してきてくれただけ及第点かな? 良かったよ、おかげで警護に当たれる」
「ご迷惑をおかけします」
「いえいえ。しかしまぁ……穂純ちゃんにガチャ引かせたらいいやつ出るかな」

 この人は"赤井さんがレアキャラだ"と言いたいのだ、すぐにわかった。

「出ません!」
「普通ピンポイントで赤井秀一引くかな! あのあと藤波君と大笑いしたよ」
「藤波さんまで……!」

 休日はゲームに時間を費やすのが趣味だという二人は、特に仲が良いらしい。
 ネタにされたことを思うと、少しむっとしてしまう。
 白河さんはからからと笑いながら軽い謝罪をして、ソファから立ち上がった。

「ま、とりあえず靴は隠して、寝室にでも隠れておこうか」
「ところで、その服装は……?」

 白河さんは黒のパンツスーツ姿で、髪もしっかりまとめている。

「万が一見つかったときのためにね。穂純ちゃんに雇われたボディーガードってことにしておこうと思って。風見君にも指示下ろして、サポートに回ってもらうようにしたから安心して」

 赤井さんがFBIの捜査官で、彼に関わったうえ握っている情報がかなり危険なものであることも認識している。
 危機感を持ってボディーガードを雇った、は自然な発想か。
 黒川さんは普段ボディーガードとして裏社会の組織との繋がりがないか秘密裏に探っているらしいし、今回もそれに扮することは難しくないのだろう。そして、降谷さんを動かせないので、警視庁公安部からわたしと面識のある風見を実働要員として呼び立てたと。むしろ風見の方がボディーガードに扮するには最適な容姿をしている。

「なるほど。あ……っと、部屋から出る分には鍵とか要らないから、もし外に行くようなことがあれば普通に出てきてください」
「ん、りょーかい。じゃ、健闘を祈る!」
「がんばります……」

 白河さんが寝室に引っ込んで、少しの間静かになる。
 時計を見れば、十時を回ろうとしていた。

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