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 好きなお酒の話をぽつぽつとしていると、また来店のベルが鳴った。
 来たのは上等なスーツを着た二人組で、店員に対しては英語で話し、ロシア語とギリシャ語を交えて話している。
 赤井さんはジャケットのポケットに指を入れ、煙草を取り出すとマッチを使って火をつけた。
 二人組はわたしが座る席から左に二つ空けたところに並んで座った。

≪英語の通じる店があって助かったな≫
≪まったくだ。何がいい≫
≪ワイルドターキーをいただこうか≫

 その後の会話の中から、二人組の男は麻薬の売人であるらしいことがわかった。ここはちょっぴりお高いバー、静かでひっそり会話をするには最適な場所。おまけに日本では主要ではないロシア語とギリシャ語で話していれば、会話の全容などほとんどわからない。普通で、あれば。
 今夜は降谷さんに連絡か、とクランベリー・ブリーズを飲みながら会話に耳を傾ける。
 本拠地がイタリアにあるマフィアの一員で、アメリカで薬を売り捌き、シマを荒らされて怒った現地のギャングや警察組織から逃げるようにして日本に来たらしい。しかも、薬を売る準備まで入念にして。
 ふと、赤井さんが座ってすぐにタバコをつけなかった理由に思い至る。まさか、レコーダー? 煙草を取り出す時にスイッチを入れたのではないだろうか。
 アメリカでの所業を受けて、日本に滞在する赤井さんに調査の依頼があったのだとしたら納得だ。わざわざ派遣するより、元から日本にいて社会に溶け込んでいる人間の方が探りやすいはずだ。
 けれどちらと顔を窺った赤井さんは言葉がわからない様子で、もどかしそうに眉を顰めている。

「……気になるの? 今来た二人組」 

 会話が止まったタイミングが二人が来た時だったのだし、つついても問題はないだろう。
 そう思って頬杖をつき世間話をする風を装って尋ねると、赤井さんは吸い込んだ煙草の煙を吐き出して、あぁ、と短く答えた。
 お互い名前も知らない状況で、彼がFBIだということを知っている素振りを見せてはならない。
 普通なら、どうすべき状況だろう。わたしは聞いてはならない会話を聞いてしまっている。現段階では、わたしの中の赤井さんに対する認識はバーで出会った一般人、というのが正しい。裏社会には関わるなと、警告するのが普通だろう。
 あぁでも、ロシア語とギリシャ語までわかるのは普通じゃない。英仏含めて五ヶ国語は少し無理がある気がする。できないこともないのだろうけれど。会話はわたしにレベルを合わせてくれているような感じがしたし、"こいつの頭で五ヶ国語も?"なんて思われたくない。降谷さんに年齢のことを言って"嘘だろ"と言われたことがちょっと尾を引いている。

「あまりお近づきになりたくない雰囲気だけれど」
「お近づきになりたいわけではないんでな」

 結局主観的な印象を述べるに留めた。
 そういえば、降谷さんが"組織が日本に来ている薬の売人から薬を奪う算段を立てている"とか言っていたのだったか。
 薬の売人と聞いて引っかかっていたのはその記憶が理由だったようだ。
 会話の中から聞き取れる情報を記憶に刻みつける。
 薬の取引は明後日行われるらしい。今夜はその最終打ち合わせ、といったところだろうか。思ったより時間がない。
 彼らは地名や施設名を暗号にして話しているから、それを解く時間も確保しなければならない。
 やがて会話はしょうもない女の話に切り替わった。理解されるはずがないと思っているためか、遠慮がない。少しの間聞きたくもなかったけれどそれに耳を傾けて、話の内容が大事なものに変わらないことを確認した。そろそろいいかとクランベリー・ブリーズを飲み干す。組んでいた脚を解いて立ち上がろうとすると、カウンターに置いた右手に彼の左手を重ねられた。
 思わずその手の主を見ると、何か見定めるような目で、こちらを見ていた。

「奴らは何を話しているんだ?」

 彼は観察眼と目つきが鋭くて、体格のいい一般人。
 自分に思い込ませながら、眉を下げて笑って見せる。

「なんのこと?」
「あの二人の会話を、理解できているだろう」

 右手に重ねられた彼の左手の指が、するりと指と指の間に入ってきた。
 しまった、捕まった気がする。
 右手を動かそうとしても、指先を曲げられるだけでまったく抜け出せる気がしない。
 涼しい顔でわたしを押さえている彼は、たいして力も込めていないのだろう。

「時間がないんだろう? 君が誰にその情報を伝えたいのかはわからんが、会話の雰囲気が変わってから組んだ脚を解いたのは、一通り必要な情報が揃って帰るため」
「言っている意味が……」
「君はまだ俺と酒を飲んでいない。帰るには早いと思わないか?」

 降谷さん、ごめんなさい。どうにも肝心なところで間抜けなわたしではこの人の目を掻い潜れそうにありません。

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