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光莉ちゃんを無事に送り届け、残りはコナンくんと哀ちゃん。
助手席で明るく話していた光莉ちゃんがいない車内は、後部座席で考え込むコナンくんと、無表情で窓の外を眺める哀ちゃんとで、中々に重たい沈黙が下りていた。
「千歳さん、そこの公園に入ってくれる?」
「……わかったわ」
理解はしたが納得はしていない。
腰を据えて話すつもりなのか。
とりあえず、言われた通りに通りがかった公園に入り駐車場に車を停めた。
寒くもないのでサイドブレーキをかけてエンジンを切り、シートに寄りかかる。
バックミラー越しに、コナンくんと目が合った。
「それで? 話したいことってなぁに?」
「うん、単刀直入に訊くね。お姉さんは何者?」
何者とは。一般人っていうのも変。何と区別して一般人なのか、問い詰められてしまう。
「通訳者、翻訳家……そういう答えじゃ満足しない?」
「うーん、それもひとつの顔だろうけど。お姉さん、嘘をついたよね」
「さぁ、なんのことかしら」
「ひとつは"光莉ちゃんを飲み物を買いに連れてきた"ということ。もうひとつは宇都宮さんに"光莉ちゃんを自動販売機に連れていくよう頼まれた"ということ」
やっぱり。けれどまぁ、予想の範疇だ。そう聞こえるように話したのだし、その後の事情聴取でのわたしの話を聞いて、嘘をつかれたと思うのも無理はない。
「あら、嘘なんて言ってないじゃない。わたしは近くの角から"光莉ちゃんを自動販売機の前に連れてきた"し、宇都宮さんに頼みごとをされたのは本当で、内容はあなたに話していないわ。警察には詳細を言ったけれど、あなたが勝手に情報を補完しただけでしょう? 嘘はついてないわよ」
「そうだね。……疑われることがわかっていたような口ぶりだね?」
「そりゃあね。あの時は宇都宮さんの妻子が行方不明、なんて表立って騒がれたくなかったし。すぐわかるような言葉遊び、指摘されたところで痛くも痒くもないもの」
「そう。じゃあ、もうひとつ。お姉さんは、何に警戒していたの?」
ベルモットとバーボンです、とは言えない。
なるほど"ボディーガードか"と聞いてきたのはそういう意味だったのか。
けれど手を確認して、そういう職業ではないとわかって、それならなぜ周囲を警戒していたのかが気になったと。
この二人は、特に哀ちゃんは、あの会場で組織の気配を感じ取っているはず。わたしが周囲を警戒していた理由が同じかどうか、確認したかったのだろう。
「人攫いよ。光莉ちゃんがね、時々誘拐事件に巻き込まれるから。一緒にいる間は周囲に警戒してほしいって、宇都宮さんに頼まれてたの」
別にこれも嘘じゃない。わざわざ今日言われたわけでもないけれど。
「灰原といるときは、どうして? 博士の控室に入ってくるときも、ドアを閉める前に廊下を確認したよね。人攫いじゃなくて、もっと怖いものを……」
うーん、そこか。確かにドアを閉める前に目だけで廊下を確認した記憶はある。
コナンくんも哀ちゃんも、バックミラー越しにこちらをじっと見ているのがわかった。
でも、ごまかせる範囲だ。
「ふふ、悪の組織か何かがその辺りにいると思っていたの? 特撮の見過ぎじゃないかしら。あんまり夢中になりすぎるのはよくないわよ」
「な、そうじゃなくて……!」
わたしが知りたいことは聞けた。
"ボディーガードか何かか"と聞いてきた理由、言わないがために起きた擦れ違いのこと。
もう、解決しただろう。
「わたしからも、ひとついい?」
明らかにコナンくんが身構えたのがわかった。
うん、その反応は正しい。
「な、なぁにお姉さん……」
「哀ちゃんといいコナンくんといい、とっても賢くて大人びてるのね! 体格からして光莉ちゃんより年下だと思うけど、精神年齢が全然伴ってないみたい」
ぎくりと体を固まらせるコナンくん。
「えっ、それは、その……」
「日本の教育は窮屈じゃない? アメリカにでも行って飛び級狙った方がいいんじゃないかしら」
「あ、えーっと……それはいいんだ、同年代の子と遊ぶの楽しいから!」
コナンくんが無邪気に笑ってごまかす横で、哀ちゃんが安堵の溜め息をついているのがわかった。
少しいじめすぎてしまっただろうか。
「さぁ、もう満足したかしら。わたしも戻らないといけないし、二人も明日は学校でしょう?」
「う、うん! そうするよ」
「それじゃあ、引き続き道案内よろしくね」
ブレーキを踏んでエンジンをかけ、サイドブレーキを下ろす。
コナンくんの道案内に従って博士の家と探偵事務所の前で二人を下ろした後、捕まった信号でようやく深い溜め息をつけた。
「……疲れる」
名探偵といえど未熟な子どもの尋問にすらこれなのだ。
怪しまれもせずに行動できる降谷さんと白河さんを思い浮かべ、本職には到底敵わないとまた溜め息をついた。
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