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 コナンくんの誘導で、白鳥警部は的確にアリバイ工作を暴いていった。部屋には走り回った形跡もあったらしく、裏づけができているらしい。
 自分に確実にアリバイがあり、そして罪を着せたい相手にアリバイがない時間。その時間が死亡推定時刻となるように、死後硬直を操作した。端的に言えばこういうことだ。
 段取りよくナイフを現場に持ち込み、アリバイを証明できる人間が被害者で、どうしようもできない時間が長い人間。――桃山さんがそうではないか、と白鳥警部は言った。
 ナディアさんが肩を跳ねさせ、ドアの方を見る。彼女が気にするもの、まさか、光莉ちゃん?
 桃山さんは古い友人。それが嘘でないのなら、桃山さんもフランス語がわかるはず。たしか、宇都宮さんはフランスでナディアさんと出会って、結婚を機に日本に連れてきたと言っていたから。
 何度フランス語で訊いても答えなかったのは、犯人が桃山さんだと知っていて、それを桃山さんも認識していて。もしもそれを誰かに漏らしたら、光莉ちゃんが害されるとわかっていたからだ。脅迫をされたのは、光莉ちゃんを待たせている間。その直後から顔色が悪かったのも頷ける。

「……白鳥警部、光莉ちゃんに警護をつけてくださる?」
≪穂純さん?≫
「ナディアさんは、頻りに光莉ちゃんのことを気にしているわ。何か危険が迫っているのかも」
「白鳥警部、ボクからもお願い」

 コナンくんの後押しもあって、白鳥警部は部下を博士の部屋に向かわせてくれた。小学生よりも信頼されていないとは、少し悲しいものがある。
 配置完了の連絡があり、詳細を説明してくれと視線で促される。

「桃山さん。宇都宮さんに疑いが向くように演技しろって、ナディアさんを脅迫したわよね。あなたはフランス語が理解できるから、ナディアさんは密告できなかった。もしも宇都宮さんを蔑ろにするのなら、それは彼女の場合光莉ちゃんと天秤にかけたときよ。……違う?」

 抑揚なく告げると、桃山さんは机に腕を置いて項垂れた。

「憎かった、のよ……。ナディアが、憎かった」

 ぽつりと落とされた言葉に、ナディアさんは肩を震わせる。

「私に見向きもせずナディアにアプローチし始めた貴彦さんも、私の貴彦さんへの気持ちを知っていながらそれに応じたナディアも……! だから、奪ってやりたかった! 自分の夫と子どもを比べて、苦しめばいいと思った! 貴彦さんは殺人犯になって、何もかも失えばいいと思った……! だから、貴彦さんが殺すっていう動機をつくれる人の秘書になったのよ。今日という日をどれだけ待ったか……! 部屋の中を逃げ回る成瀬の滑稽なこと! 最高にいい気分よ! "若くして美人秘書がついた"なんて調子づいていた男が、あんなにも無様に!」
『泥沼?』
≪茶化さないでちょうだい。……わたしは平気だから≫
『そう?』

 彼女の計画は綿密だった。宇都宮夫婦が日本に来てからの十二年間を、復讐に費やしてきたと言っていいほどだった。
 死後硬直を早めるために、成人男性を追い詰められるほどの体力。宇都宮さん、ナディアさん、光莉ちゃん、そしてよく一緒にいるわたしの行動パターンを見越しての計画。

「……私たち、恋の話なんてしたことなかったのね」

 ぽつりと呟いたナディアさんに、その場にいた全員の視線が向いた。
 ナディアさんは宇都宮さんの手を握り、床を見つめている。その目からは、ぽたぽたと雫がこぼれていた。

「美穂、あなたは言わなかったわ。貴彦さんが好きだって。……私も、言わなかったの。同じことを。貴彦さんが好きで、お食事に誘ってくれたことが嬉しくて、夢中になって……! あなたがどう思っているか、考えもしなかった」
「あ……、私、気づいてるとばかり……」

 桃山さんは、ナディアさんの言葉でお互いに好意を抱いている人を打ち明けなかったことを思い出したらしい。
 仲がいいからこそ、言わなくてもわかってもらえると、相手に甘えていたのだろう。

「もしも、言っていたら。十二年間も、あなたにこんなことのために時間を使わせることはなかったのかしら」
「……ナディアのことを、恨みはしなかったかもしれない」

 ナディアさんはそれを聞いて、安心したように笑った。

「でも、"たられば"の話に意味はないの。だってあなたは殺人を犯してしまった。起きてしまったことは、もうどうにもならないの」
「……!」

 些細な行き違いがきっかけで、十二年もの時間を棒に振ってしまった。今後も裁判の結果によっては、何年も服役しなければならないかもしれない。
 その事実に気づいて青褪めカタカタと震える桃山さんに、ナディアさんは深く頭を下げた。

「ごめんなさい、あなたの気持ちに気づけなくて。私も、あなたなら言わなくてもわかってくれる、きっと応援してくれるって、甘えてしまっていたのね……」

 ナディアさんは顔を上げて、宇都宮さんを庇うように前に立った。

「貴彦さんには謝らせないでね。これは美穂と私の問題。三人が三人、恋に盲目だっただけ。それなのに私たちがお互いに、甘えてしまっただけ」
「な、によ、それ……謝らなきゃいけないのは、私じゃない……」
「謝るなら、成瀬さんに。私たちは生きているけれど、光莉も無事だけれど。彼は、違うでしょう? ……私も、謝らなければいけないわね……」

 桃山さんは、その後犯行の手順をきちんと説明した。
 本当の犯行時刻は、ちょうどわたしたちがランチに出かけているときだった。
 あの時間なら、付近に人はいないのだし、多少音が漏れたところで問題はなかったのだろう。部屋の外に逃げられないように部屋の内側のドアノブを一時的に工具で外し、追い回して運動をさせ、最後に果物ナイフで目から脳を貫いて殺害した。噴き出した血を浴びないように、トイレットペーパーを押し当てて抉ったらしい。それと一緒に指紋をつけないようにするために用意した手袋は、切り刻んでトイレに流したとのことだった。汗や荒れた呼吸は、突然死体を見た恐怖のせいだとごまかせばいい。
 ドアノブを素人が外したと思わしき痕跡は、すぐに見つかった。トイレの方も、調べれば手袋の切れ端が出てくることだろう。
 桃山さんが連れていかれるのを見送って、黙って聞いていた藤波さんに"寝てない?"と声をかけた。

『寝てないよ。解決したんだね』
≪えぇ。人を殺す予定がないのなら、今日のところは無事切り抜けられるはずよ≫
『了解。じゃあ降谷さんに伝えておくよ』
≪お願い。それじゃあ≫

 電話を終えて、宇都宮さんと白鳥警部が忙しなく関係者への説明に走るのを見送った。

「ナディアさん、光莉ちゃんを家まで送ってきますね」
「えぇ、お願いします。こんな顔、光莉に見せるわけにはいかないわ」
「光莉ちゃんだけじゃなく、これから会う人にも見せては駄目。自分が宇都宮さんの妻なんだって、しゃんとしていてくださいね?」
「……えぇ!」

 花が綻んで咲くように笑ったナディアさんは、だいぶ立ち直れたようだった。

「ねぇ、千歳お姉さん」

 コナンくんに声をかけられて、屈んで目線の高さを合わせる。

「あら、なぁに?」
「"光莉ちゃんを送ってくる"って、子どもは先に帰る、ってことだよね?」
「えぇ、そうよ」
「ボクと灰原も乗せてってもらってもいい? お姉さんとは、誤解を生まないように話をした方がいいと思うんだ。言わないとこわぁい擦れ違いが起きるって、いま思い知ったばかりだもんね?」

 さては自動販売機の前で話したことを根に持ってるな。嘘はひとつも言っていないのに。
 溜め息をつきたいのを堪えながら、無邪気に笑んで見せるコナンくんに、にこりと笑いかけた。

「そうね、まずはあなたの名前から教えてもらおうかしら」
「そうだね、まだ自己紹介してなかったよね。ボクは江戸川コナン。……探偵だよ」

 部屋の片隅で行われる白々しいやりとりを、誰も気に留めない。
 とりあえずは移動するかと荷物を持つと、コナンくんも近くの大人に帰ることを伝えていた。

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