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「……社長の成瀬は、ずっと……宇都宮エンジニアリングを、ライバル視していました」

 桃山さんの一言で、視線が一気に宇都宮さんに集まった。

「鬱陶しかったのではないですか……? 近頃弊社の家電にも人気が出てきて、シェアを奪われては堪らない、って」
「……確かに成瀬電機の製品には警戒していたよ。でも、殺す理由になんてならない」
「そんな……、そんなの、誰だって言えます……!」

 宇都宮さんは、ふとナディアさんに視線を向けた。
 窮地に追い込まれたとき、一番信頼している人間に助けを求めてしまうのは、普通の反応だろう。
 ナディアさんなら、この場では感情的になってはいけないと窘められるとしても、"主人はそんなことをする人ではありません"と、柔らかい中にも芯の通った声で毅然と言い放ってくれると思っていた。

「…………」

 けれど、ナディアさんは唇を噛んで、目を逸らした。
 ……まさか、本当に宇都宮さんが?
 宇都宮さんは絶望感に襲われたような表情をしていて、せめてナディアさんにだけは否定してほしかったと、そう感じているようだった。
 いや、そう誘導するための行動かもしれない。だとしたら、なぜ?

≪ナディアさん、何かあるなら言ってちょうだい≫

 フランス語で声をかけると、ナディアさんはびくりと肩を跳ねさせた。
 それから、弱々しく笑いかけてくる。

≪なんでもないの……、本当に、なんでも≫

 どう考えても何でもない反応ではない。
 白鳥警部とコナンくんも、ナディアさんの様子に疑問を抱いているようだ。
 コナンくんがわたしに近づいてきて、くいと袖を引っ張った。口元に手を添えていたので、しゃがんで耳を貸す。

「千歳お姉さん、ナディアさんはなんて?」
「なんでもない、って」
「……そうは見えないよ?」
「わたしもそう思う」

 と、ハンドバッグの中のスマホが振動し始めた。
 止まないそれに、電話だとわかり立ち上がってスマホを取り出す。
 表示された番号は、警備企画課の内勤の職員、ドイツ語が堪能だという藤波さんのもの。登録はしないように言われているけれど、末尾が「2273」で語呂合わせなのでわかりやすい。

「ごめんなさい、クライアントから電話が」

 白鳥警部に許可をもらって、部屋の隅で電話を取る。

『穂純さん、藤波だ。いま降谷さんから連絡があって、警察が来てるけど何か知ってるか、って』
≪使ってる隣の部屋で殺人事件があったの。いま容疑者の状態だから、自由には動けないわ≫
『うわぁ、大変だな……。とりあえず、経緯を教えてもらっていい? 降谷さんほどの頭はないけど、力を貸すよ』
≪えーと――≫

 思い出せる限り、藤波さんに情報を伝えた。

『果物って、何があったか思い出せる?』
≪たしか、りんごとみかん、あと小ぶりなメロンだったと思う≫
『んー……喉にいいものを、ってわけじゃなさそうだね』
≪え?≫
『梨は喉にいいからさ、それなら納得できたんだけど。メロンなんて特に、喉にはよくないらしいよ?』
≪……そう、なの≫

 つまりは果物ナイフがあることは不自然ではないけれど、果物ナイフがあることが自然な状況自体が意図的に作り出されているのではないか、ということか。

「ねぇ、桃山さん! 控室のテーブルにあった果物って、誰が持ってきたの?」

 どうやらコナンくんも同じことを考えたらしい。

「え? あの果物は、私が持ってきたけど……成瀬は、果物が好きだったから」
「嫌いな果物ってあった?」
「いいえ、特には。……それがどうかしたの?」
「ううん、凶器が果物ナイフだったから少し気になっただけだよ」

 無邪気に会話を終えたコナンくんは、口元に手を当てて考え込む。
 桃山さんの言葉を伝えると、藤波さんはふむ、と頷いたようだった。
 と、部屋に白鳥警部の部下が入ってきた。
 しっ、とスマホの向こうに静かにするように伝えて、耳をすませる。

「警部、遺体に少々気になる点が」
「なんです?」
「死亡直前に、ひどく汗をかいていたようです」

 聞こえてきた囁きをまた伝える。

『なるほどね。アリバイ工作はわかったけど、動機がよくわからないや』
≪え、うそ、わかったの?≫
『まぁね。激しい運動させて、筋肉のATP――アデノシン三リン酸を低下させれば、死後硬直は早くなる。若い男性なんて特に早いんだよ』
≪へぇ≫

 よくわからないままの返事に、苦笑が返された。

『……つまりは、死後硬直の時間を操って、本当の時間よりずっと前に殺されたと思わせてるってこと。部屋が防音なら、追いかけ回して運動させることもできるよね』
≪可能なのかしら≫
『まぁ、できなくはないんじゃない?』

 死後硬直の時間の操作か、確か漫画にも何回か出てきたっけ。
 どうしたものかと迷ったけれど、白鳥警部はコナンくんに尋ねられて素直に遺体の不思議な点を伝えたようだ。
 あとは動機。これは、ナディアさんが知っているのではないだろうか。

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