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「宇都宮さん、部屋の中は見なくていいからね」
「あ、あぁ、でも君は……」
「大丈夫!」

 力強い声に押されて、宇都宮さんはスマホを返してもらうだけに留めたようだ。
 どのみち、先ほど部屋から出てきた女性がまだ復活していないだろうから、動くに動けないに違いない。
 ドアを開けて駆け込んできたコナンくんは、遺体を見るなり駆け寄って脈や顎を確認し始めた。
 わたしは血で汚れていないところに触れるのすらためらったのに、コナンくんは一切の躊躇が見られない。
 目を逸らすと、テーブルの上に置かれた果物かごに視線が行った。りんごにみかんに、小さなメロン。つやつやしたリンゴの赤が、特に目を引く。

「う……」

 むくむくと湧き出る吐き気を堪えていると、コナンくんが遺体を検分しながら口を開いた。

「お姉さん、気持ち悪い? 外に出てていいよ」
「……そうさせてもらうわね」

 部屋を出ると、ようやく女性は落ち着いた様子で、廊下の壁に寄りかかってペットボトルの水を飲んでいた。
 いま中にいる少年と一緒にいた少女が持ってきてくれたのだという。どうやら哀ちゃんが気を利かせてくれたようだ。

「千歳ちゃん、大丈夫かい?」
「……正直あまり。食後に見るものじゃないわ……」

 差し出された水を素直に受け取って、喉に流し込む。
 ひんやりした水が喉を通る感覚は、少しだけ吐き気を抑えてくれた。
 部屋に対して宇都宮さんの背に隠れるように立っているナディアさんも、顔色が悪い。それも、尋常じゃないほどに。

「ナディアさん……?」
「……さっきからずっと、この調子で」
「部屋に入りましょう。ここで突っ立っていても変だわ。……あなたも、隣なのは落ち着かないでしょうけれど、そこで立っていないで」
「ありがとう……ございます……」

 三人を部屋に入れて、ひとまず椅子に座らせる。無言の時間が続いた。
 しばらくしてやってきたのは、白鳥警部だった。どうやら昇進したらしい。
 空港で少し疑われて以来会っていないし、あの直後に工藤新一くんはトロピカルランドで取引を目撃している。別段不思議なことでもない。
 白鳥警部はこちらをちらと見たけれど、現場が隣の部屋だとわかりすぐに部下を連れてそちらへ向かった。
 それからまたしばらくして、コナンくんと白鳥警部が連れ立ってやってきた。事件現場を普通に歩かせてもらえるほど信頼関係も築いているのか。

「被害者は成瀬電機の社長、成瀬省吾さん。そちらにいらっしゃるのが、秘書の桃山美穂さんで間違いないですか?」
「はい……」

 白鳥警部の話によると、被害者の成瀬さんは他者に目を刺されて、刃先が脳に到達してしまい死に至ったと断定されたらしい。凶器は部屋にあった果物ナイフ。確かに部屋には果物が置いてあったから、それがあること自体は不自然ではない。死後硬直などのようすからして、犯行時刻は二時間ほど前とのことだった。
 二時間ほど前と言えば、博士のプレゼンが終わって忙しなく移動していた頃だろうか。
 その頃何をしていたかを訊かれて、博士のプレゼンが終わった時間を伝え、そこからの行動を覚えている限り詳細に話す。

「その子と一緒にいた、灰原哀ちゃんっていう女の子。その子を阿笠さんの部屋まで送り届けて、それから戻ってきたの。それで、宇都宮さんにナディアさんと光莉ちゃんがお手洗いから長いこと戻らないから、探してきてほしいって頼まれてしばらく探し回って……。結局、近くの自動販売機の奥の角から二人とも出てきたのよ」
「それを証明できる方は?」
「そうね……博士の部屋までは哀ちゃんと一緒だったけど、移動する間はわからないし、探し回っているときもたぶんいないわね……。自動販売機の近くで光莉ちゃんと会ってからは光莉ちゃんとずっと一緒にいたし、途中でその子にも会って、そこからは誰かしらと一緒にいたわ」

 宇都宮さんは、プレゼンが終わってすぐに部屋に戻り、お手洗いに行くナディアさんたちを送り出した。それからわたしが戻るまで部屋に一人でいて、哀ちゃんを送り届けて戻ってくるまでも一人でいた。それから、わたしが二人を探している間も一人だったらしい。アリバイを確認できるのは、控室の前で博士の通訳をしたことを訊かれたとき、二人を探すように頼まれたときと、二人が見つからないと電話をして来客対応のために切ってからだ。来た人はメモをしているらしいから、聞けばすぐにわかるだろう。その後も最後の客と入れ替わりでわたしたちが戻ったから、アリバイ証明は可能だ。尤も、親しい間柄なのでそれを証言として扱ってもらえるかどうかはわからないけれど。
 ナディアさんは、宇都宮さんと一緒に部屋に戻ってきて、すぐに光莉ちゃんと一緒にトイレに行った。それから自動販売機のそばで話しかけられて、それが古い友人だったから、話し込んでいた。なんとその友人は、桃山さんなのだという。ずっと光莉ちゃんか桃山さんといたし、桃山さんとの話が終わってからはわたしもいたから、犯行時刻とされる時間に最もアリバイが確立しているのは彼女だろう。
 桃山さんは、宇都宮さんより前の番だった成瀬さんの通訳をして、すぐに戻って控室にずっといたのだと言う。成瀬さんと一緒だったらしいけれど、その間のことは成瀬さんが教えてくれるわけもないのでわからない。ナディアさんを見かけて話しかけてからは、ナディアさんが証人になってくれる。けれどその後部屋に戻ってからも証明できる人が成瀬さんしかいないとのことだった。

 要するに、犯行時刻とされている時間のアリバイが曖昧なのは、わたしと宇都宮さんと桃山さんということだ。
 巻き込まれたし、容疑者にまでなってしまった。
 とりあえずコナンくんがいるので、冤罪でどうこうなることはないだろう。けれど、容疑者のもう一人は、自分がそうじゃないからといって安心できるような間柄でもない。

「……社長の成瀬は、ずっと……宇都宮エンジニアリングを、ライバル視していました」

 憔悴しきったようすで呆然と放たれた桃山さんの一言が、場を凍りつかせた。

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