03

≪ヘレナ、聞いてくれ。今夜はパーティーに参加することになりそうだ!≫
≪まぁ、お相手の社長とうまくいったのね!≫
≪そうなんだよ。それで、急いでタキシードとドレスをレンタルしなければならない。チトセの分もな≫

 部屋に戻るなりヘレナさんに報告するエドガーさんを横目に、備え付けのパソコンでブランド物のパーティー衣装がレンタルできるお店を探す。
 ヘアセットやメイクも一緒にやってくれるところがいい。

≪ここなんかどうかしら≫

 見つけたホームページを見せてヘレナさんに確認すると、借りられる服のリストの中に見知ったブランド名があったらしく、ここにしましょうと返された。
 すぐに電話をして、いつまでに身支度を整えたいのかを伝え、逆算してお店に行く時間を指定してもらう。
 エドガーさんは本社に商談がまとまったという連絡を入れると言ってベランダに出ていった。

≪それじゃあ、わたしもスーツは脱いでくるわね。下のパソコンのレンタルスペースにいるから、声をかけてくれる?≫
≪えぇ!≫

 パーティーに参加するなどわたしからすれば緊張する外ないのだけれど、やはりクラウセヴィッツ夫妻にとってはビッグイベントではないらしい。
 私服に着替えて出かける支度を整え、荷物を持って自由に使用していいパソコンが置いてある部屋に向かう。
 調べるのはもちろん、オットマーという人物について。
 ひとまず名前だけを打って検索をかけてみたけれど、当然ながら芸能人や脚本家、作家などの名前が出てくるのでお話にならない。それだけ危険なら指名手配犯にでもなっているのだろうと思い、インターポールのホームページにアクセスしてみた。検索システムにオットマーという名前を入れて検索すれば、すぐに引っかかった。
 ドイツ人の男性が二人引っかかったが、罪状は連続強姦殺人と武器の密輸だったので、海運会社に目をつけるなら十中八九後者の方だろう。オットマー・トラウト、52歳。武器を密輸して戦場に流し込んでは戦争を長引かせているらしい。
 宇都宮さんが気をつけてくれと言ったのはこちらだろうかと思いつつも、もう一人の情報にも目を通しておく。オットマー・フランツ、38歳。年若い女性を連れ去っては、性的暴行をはたらいた挙句に両手両足の爪を剥いでナイフでまんべんなく体を突き刺し殺害して逃亡を繰り返している。
 個人的にはフランツの方が近くにいてほしくない。しかし、自分を密輸して高跳びさせてくれとでもいう気かもしれないので、フランツがいる可能性もなくはないだろう。
 この情報があったところでどうしたらいいのかはわからないけれど、頭に入れておくに越したことはない。

「あの、穂純様でお間違いないでしょうか」

 ホテルのスタッフに話しかけられて、はい、と思わず頷いてしまった。
 何かと思えば電話を差し出されて、ウツノミヤ様という方からです、と伝えられる。

「ありがとうございます。電話が終わったらフロントにお返ししますね」
「えぇ、お願いいたします」

 スタッフが去ったことを確認して、パソコンの検索履歴をすべて消して電源を落とす。
 真っ黒になったディスプレイで背後を見ながら、電話を耳に当てた。

≪はい、穂純です≫
≪良かった、取ってくれないかと思ったよ≫

 フランス語で会話を始めれば、相手も同じ言語で返してきた。

≪あんな意味深なことを言われてしまえば、出る外ないでしょう。それで、今は話しても大丈夫なの?≫
≪あぁ、大丈夫だ。秘書に君たちの後をつけさせて、そのホテルを突き止めたことは許してほしい≫
≪気にしていないわ。さて、あなたが気をつけろと言ったのは武器商人のトラウト? 強姦魔のフランツ?≫
≪残念ながら、その両方なんだ≫
≪どういうこと?≫

 宇都宮さんの話によると、トラウトは彼の妻を誘拐してエドガーさんをパーティーに誘い出してくれと脅し、フランツは彼の小学三年生の娘を捕まえて彼の自宅のある一室に籠もり、逃走資金を準備しろと迫っているらしい。彼のとんでもない不幸の重なりには同情してしまう。

≪それで、トラウトが目をつけているのはクラウセヴィッツ氏だろうが、フランツも君に目をつけかねないと思ってね……、君は年若いし、キャリーバッグを担いでホテル暮らしをしているところを見ると、いなくなっても当分の間気づかれなさそうだ。彼が獲物にと目をつけるには、いい条件が揃いすぎている≫
≪警察には?≫
≪言えるわけがないだろう……。とにかく、クラウセヴィッツ氏にトラウトのことだけでも伝えてくれないか?≫
≪わかったわ。あなたもあまり気に病まないでちょうだいね≫
≪すまない……≫

 彼がまずわたしに声をかけてきた理由も、エドガーさんをパーティーに誘うことができたのに喜ばなかった理由もはっきりした。
 あとはこちらで気をつけるしかないだろう。
 電話を終えてフロントに返しに行こうとしたところで、ちょうど降りてきたクラウセヴィッツ夫妻と会った。

≪おや、電話かね≫
≪えぇ、少し。もう終わったから大丈夫よ≫

 フロントに電話を返して、ホテルの前でタクシーを呼び止めて乗り込んだ。
 助手席に乗って行き先を伝えてから、エドガーさんに話しかける。

≪エドガーさん、武器商人のオットマー・トラウトって知ってる?≫
≪インターポールの指名手配リストに載っていたな……そいつがどうかしたのか?≫
≪宇都宮さんを脅してあなたをパーティーに参加させろって迫っていたみたい。気をつけてほしいって≫
≪先ほどの電話はそれか!≫

 さすがに話の流れであの電話が宇都宮さんからのものだということに気づいたようだ。
 ひとつ頷いて、言葉を続ける。

≪何か話を持ちかけてくるだろうから、気をつけてね。相手はドイツ人、たぶんわたしの通訳なんて必要としていないわ≫
≪あぁ、気をつけるよ……≫

 険しい顔をするエドガーさんだけれど、伝えない方がよかったとは思わない。
 とりあえずこれで警戒はしてくれるだろう。
 予約をしたお店で身支度を整えて、タクシーでパーティーが開かれるという宇都宮さんの自宅に向かった。

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