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 風見さんは、降谷さんがあの短時間であんなにもあっさりと信じたことを、まだ信じられないようだった。
 訝しげな顔で、こちらを見てくる。

「一体何を言ったんですか?」
「それは秘密。わざわざ席を外してもらった意味がなくなっちゃう」
「……そうですか」

 聞けなかったことが残念だと思いながらも、ほっとしているようすだ。
 わたしが風見さんにすら話さないことで、降谷さんの秘密を誰にも言う気がないことを理解してくれたのだろう。軽々しく口を開いてしまうようでは信用できないから、確かめたのだ。

「風見さんも敬語やめない? 五つ……六つ? も年上の人に畏まって話されるとぞわぞわするの」
「えっ?」
「え?」

 予想外の反応。どういう"え?"なのかわからず、つい聞き返す。
 風見さんはメガネの位置を正して、神妙な顔で口を開いた。

「戸籍情報の二十四歳って……虚偽ではないんですか?」
「そこでサバ読んだと思われてたの!? 嘘ついてもしょうがないとこでごまかしたりしないわよ!」

 心外である。今まで"こいつ三つか四つくらいサバ読んでるんだな"って思われながら身元を調査されたりしていたのか。
 噛みつくと、風見さんは気まずそうに視線を逸らした。

「……あー、なるほど、確かに今なら年相応だ……。失礼なことを言ってしまったな、外見も言動も大人びていたから、つい」
「若いからって舐められないようにしなくちゃって思ってやってたことだから、いいんだけど……いいんだけどね……」

 いったいいくつに見えていたのかは、精神衛生上よくないので聞かないでおくことにした。
 ずっと放置されていたガトーショコラにも手をつける。……やっぱりおいしい。
 風見さんはこほんと咳ばらいをして、こちらに視線を戻した。

「まぁ、それならそうさせてもらうが……。不便はないのか?」
「不便? んー……最近さすがに車を買おうかなって思案中。タクシーとかレンタカーとか、頻繁に使うと高いのよね」
「車買えるほど稼いでるのか……」

 風見さんの心配は杞憂だ。
 いい縁があって、仕事をつくることができたから、経済的にはちっとも困っていない。

「それなりにね。あ、エドと宇都宮さん以外からは日英仏独の四ヶ国語しか受けてないし、二人には口止めもしてあるから、他の人に変に思われる心配はないと思う」
「そうだな、それが正解だ」
「……あとは、そうねー……、気兼ねなく話せる友人でもつくれたらいいんだけど」
「これから先、帰れたら別れることになるのにか?」
「それがネックなのよね。だからまぁ、ただの願望。別に本気じゃないの」

 エドや宇都宮さんとだって、関わりすぎてしまっていると思うぐらいだ。
 これ以上、深いつながりをつくりたくない。

「……友人か。それは俺だと都合が悪いか?」
「風見さん?」
「おそらく、今後も穂純さんには協力を依頼することがある。外で会うなら、名実ともに友人でいる方が自然に振る舞えるだろう」

 わたしの寂しさを埋めるのと、風見さんたち公安からの接触をしやすくするのと、どちらもできて一石二鳥だぞ、と。

「……これ以上は何も出ないわよ?」
「だろうな。何かを出させる気もないからな」

 からかいまじりにつついても、風見さんはさらりと受け流してしまう。

「突然いなくなるかもしれないわ」
「承知の上だ」
「イメージ壊れても知らないからね?」
「さっき壊れた」

 回答がだんだん雑になってきた。
 初対面の時の丁寧さが懐かしいぐらいだ。
 おかしくなって声を立てて笑うと、風見さんはどこか安堵したような顔をした。

「なに?」
「いや、なんでもない。……降谷さんから連絡だ、会計はしなくていいから、そのまま店を出て家に向かってくれ」
「はーい」

 小さめに作られたガトーショコラの最後の一口を飲み込んで、席を立つ。

「じゃあね風見、おやすみなさい」

 ひらりと手を振って見せると、風見も小さく片手を上げた。

「あぁ、おやすみ、穂純」

 彼にとってはごっこ遊びかもしれないけれど、ただのパイプ作りに過ぎないのかもしれないけれど。付き合ってくれるというのなら、それでもいい。
 隠し事が暴かれて取り繕う必要もなくなったことで、ずいぶんと心が軽くなった気がした。

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