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『白河さんには接触できたか?』
『食堂で意地悪して転ばせようとしてきた人がいたから、わざと転んで助けてもらったの。恋愛対象として気になる、って教育係の人にも話したし、周囲もそれを聞いてたと思う。こんな感じでとりあえずの接触はしたから、食事や休憩の合間に何回か接触して、メイドに聞かれやすい場所で告白するつもり』

 作戦とはいえ、千歳から告白するのか。
 白河さんはおちゃらけて見せることも多いが実力は確かで、先輩として見れば"かっこいい"。ボディーガードとして黒川恵梨が傍にいる事が多いうえ、オフでも千歳は随分と白河さんを頼りにしている。……浮気を宣言されたようで面白くない。
 横からするりとキーボードを奪われた。

『降谷さんが物言いたげな顔してるよ』
『なんて?』

 入力欄に打ち込まれる文字を目で追っていると、余計なことを書き始めたので藤波の頭を引っ叩く。

『堂々と浮気宣言された感じがするって言いたげな顔おdskjf』 

 エンターキーが押され送られた文面の終わりが不自然なことに首を傾げているのか、返事は来ない。

『叩かれた。パワハラだ』
『余計なこと言うから』
『穂純さんも味方してくれない!』

 藤波が追加で送った内容でこちらの状況を把握したようで、またテンポ良く返事が来るようになった。

『手紙の内容は書けそうか?』
『ごめんなさい、正確な内容は伝えられそうにない。書き写して書類を持ち出すのも写真を撮るのも難しそう。電話も復唱はあまりできないし、商談の通訳を任せられた時ぐらいしか役に立てないかもしれない』
『無茶はしなくていい。商談についてだけ録音しておいてくれ。本命はハンネス・レフラだから、多くは求めない。覚えている範囲でいいから教えてくれ』

 記憶力に自信がないのは承知の上だ。
 手紙については詳細な内容がわかれば僥倖という程度のものだったので、無理をしないように止めた。
 千歳は手紙の詳細は覚えておらずとも手紙の相手の名前と日本でいう市町村程度までの住所、取引する物については報告してくれた。捕まえるべき相手と取引のルートが絞り込めるだけでも十分だ。

『報告はこんなところか』
『うん、もう報告してないことはないと思う』

 素人にしては上々の成果だ。
 白河さんの手柄として報告がしにくい点は、少し困る。こうしてスパイの真似事ができると知られれば、利用価値が高まってしまう。

『無理してないか』
『無理?』
『あまり素の自分と乖離した性格を演じていると疲れるぞ』

 白河さんは、見かけた千歳を"素直で可愛い性格"と評した。公安の人間といるときに見せてくれる素直さとはまた違ったものだということだ。人をからかってみることもないのだろう。

『元々似たような状況だったもの。気分転換になるぐらいね』
『それならいいけどな。無理だと思ったらすぐに言ってくれ』
『うん、ありがとう。ひとつ、聞きたいことがあるんだけど』
『なんだ?』
『最近、車ぶつけたりしなかった?』

 最近どころか、つい一昨日の話だ。
 何か千歳が"知っている"ことに関わりがあるのだろうか。

『一昨日の夜、誘拐されたというよりは自分で車に乗ったみたいだが、事件の犯人と一緒にいたコナン君を助けるためにな。昨日千歳に会いに行けたのも、それで車を壊してベルモットに足にされる予定がなくなったからなんだ。ベルモットからは彼らの信頼を得ろと言われていたからいいんだけどな』
『そっか』
『何か気になるか?』
『大丈夫。それが聞きたかっただけだから』

 千歳にとって、ここは漫画の中の世界だった。連載していたということだから、俺が車を半壊させたことは、何かしらストーリーの進展の目安となるものなのだろう。そうでもない日常の中で車を半壊させるような危ない人間になっているのも切ないから、そうであってほしい。
 車を壊したかどうかと、おそらくはその経緯の概要を知りたかっただけなのだろう。話はあっさりと切り上げられた。

『そうか。今日は自分の用事はないか?』
『初日でばたばたしたから何も』
『そうだよな。じゃあ、少し世間話でもしようか』

 気にしていない様子ではあったが、こちらも最近の出来事は車を壊した一件ぐらいしか話せるものがない。守秘義務に気を遣いつつ詳細を聞かせた。
 特に変わった様子は感じられないが、初日から悪意のある悪戯をされてストレスになっていないだろうか。そういった観察は白河さんに任せるしかないため、俺にできるのは千歳を日常に引き戻してやることぐらいだ。
 会話をしているうちに、返信が遅くなってきた。少しばかり誤字も増えている。白河さんと違い"眠いから切り上げたい"という要望をはっきり伝えられないようだ。

『眠いか? 返信が遅くなってきた』
『疲れちゃったみたい』
『やることがなければ世間話に付き合うが、疲れているなら休息を優先してくれ。通信を切った後の処理は忘れないように』
『有線LANを抜いておけばいいんだよね』
『そうだ。よく休むようにな。おやすみ』
『おやすみなさい』

 無事に回線が切れたのを確認した藤波が、体を伸ばした。

「穂純さん、諜報活動上手すぎません?」
「レフラの研究内容を確認して、逃亡の協力者にまでなるとはな……」
「おまけに白河さんとの接触もできてますしね。なんていうかこう……不安がない?」
「……あまり出来過ぎても、彼女の本意とは別の方向に使われるようになるかもしれないから望ましくないんだが」
「まぁ、とりあえずは黒川恵梨と"バーボン"が現場に出向くから引き受けてくれただけだって報告しておけば当面は乗り切れると思いますけど」
「……そうだな」

 以前から変わらず、千歳に"国家のために命を懸けろ"と言うつもりはない。上も俺を使って誘導しようとしているのだから、下手に機嫌を損ねれば彼女にしかわからない情報については嘘をつかれかねないと理解しているはずだ。
 だがもう彼女は変わってしまった。以前なら断っていただろう仕事を引き受けたし、身分を偽ることに慣れ、嘘をつくことも上達してしまったがためにスパイとして申し分ない働きができてしまった。
 あとはもう、彼女にとっての許容範囲を守りつつも使い潰されていくだけだ。
 胸の内の片隅に滲み出す後悔を押さえ込み、二人から上がる報告をまとめることにした。

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