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 認めてしまえば気は楽だ。
 ごまかす必要も、疑われることに疲れる必要もない。
 "信じざるを得ない"と言いながらも、きっと信じきってはいないだろう。
 それならわたしから、わたしが知るはずのない情報を口にするしかない。

「……ごめんなさい。降谷さんに、これから意地悪を言うわ」
「はい。……風見」
「はっ。何を飲みますか」
「ティフィンミルクをお願い」

 降谷さんはわたしの言葉の意味を正確に察して、風見さんに席を外すように促した。
 風見さんもそれを汲み取って、空になったグラスを手に取ってくれる。
 一階に向かった風見さんの足音が遠ざかると、降谷さんはこちらを見て手だけでわたしに発言していいと伝えてきた。
 きっと傷つけてしまう。怒らせてしまう。だけど、わたしには彼に信じてもらえるほどの衝撃を与えられる言葉は、他にない。
 目を伏せて降谷さんの視線から意識だけでも逃げながら、ゆっくりと口を開いた。

「……スコッチ」
「……酒の名前ですか」

 問いかけに、首を横に振った。

「嘘のあなたの同僚。本当は同じ組織に潜入していた警視庁公安部の捜査官。あなたを、"ゼロ"と呼ぶ幼馴染。……ライに、赤井秀一に、ビルの屋上で追い詰められて自殺を選んだ人」
「……」

 降谷さんは何も言わない。
 まだ求めるのだろうか。
 あの話はとても気に入っていたから、多少は台詞も諳んじられる。

「"裏切りには制裁をもって答える……、だったよな?"」
「!」

 ライの言葉を口にすると、ようやく、降谷さんが微かに息を飲んだ音がした。

「"心臓の鼓動を聞いても無駄だ、死んでるよ……拳銃で心臓を、ブチ抜いてやったからな……"。この言葉に、ライの発言に、覚えはあるかしら」

 僅かながら反応をしてもらえたことで、ようやく降谷さんの顔を見ることができた。
 目が合うと、降谷さんは強張っていた顔から力を抜くかのように、深く長く息を吐いた。わたしがFBIの話を持ち出したときのようだった。湧き出す感情を無理矢理抑え込むような、苦し気な溜め息。
 そうして、左手で目元を覆ってしまう。

「はは、意地悪だな……本当に。俺が辿り着くまでの間に何があったのかも、知っているんだろう?」
「……知ってるわ」

 その手の下から見える口元は、笑っていない。

「それを君は言うつもりがない。……俺も聞く気はないよ。アイツの死の秘密は、自分で解き明かす」
「そう答えると思っていたわ」

 降谷さんはひとつ息をついて、目元を隠していた手を取った。
 その表情は、どこかすっきりしているように見えた。

「穂純さん、君の話を信じるよ。あの言葉は僕と赤井しか知らない」
「……そう。怒らないの?」
「傷じゃない、とは言わない。触れられれば痛むし、みっともないから隠しておきたかった。それを汲んで風見に席を外させようとしてくれただけで、十分だよ」
「そう……」

 降谷さんは、電話で風見さんを呼び戻した。
 ティフィンミルクの入ったグラスを手に戻ってきた風見さんは、グラスをわたしの前に置いて座ると、降谷さんに"どうでしたか"と問いかける。
 すっかり上司の顔をして、降谷さんは"俺ともう一人しか知り得ないことを知っていた"と返した。
 訊きたいことがあってじっと降谷さんを見ていると、降谷さんはそれに気がついた。

「どうしました?」
「……敬語じゃなくて、いいです」
「わかった。すっかり慣れたし、穂純さんも敬語じゃなくていい」
「あなたがそう言うなら、そうさせてもらうわ。……今後わたしをどうする気なのか、聞いてもいい?」

 戸籍を嘘でつくったのは事実なのだ。
 これについて何の罪にもならないわけがない。
 膝の上に置いた手を握り締めて、逸らしたい視線を無理矢理に降谷さんと合わせた。

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