54

「食事なら、僕はハムサンドが得意なのでそちらをおすすめしますよ」
「ボクそれにしよっと。それとオレンジジュース!」

 千歳はほんの少しだけ悩む素振りを見せ、ハムサンドとカフェラテを選んだ。
 先に飲み物を出し、ハムサンドを作りながら二人の会話を盗み聞く。
 どうやらストーカーから匿ってくれたお礼に、コナン君に本をプレゼントすることになっていたらしい。千歳は読書家ではないから、ホームズなどの推理小説が大好きだというコナン君に何を送ればいいのかわからず、結局一緒に買いに行くことにしたのだろう。
 警戒はしているが、交流を嫌がるほどの人物ではないようだ。

「千歳さん、あれから体調は良くなったの?」
「えぇ、かなりね。元々刺激物は好きじゃないから食生活も元通りよ」
「そっか、良かった。そういえば、千歳さんってどこの出身だっけ?」
「岐阜県の水戸市」
「えっ」

 コナン君はさりげなく千歳の情報を集めようとしたようだが、千歳はそれを予想していたようで間髪入れずにでたらめを言った。岐阜県に水戸市はない。

「え、えーっと……じゃあ、大学はどこ行ってたの? 千歳さん、外国語もたくさん話せるから海外と交流の多いところ?」
「大学には行ってないわよ、外国語は独学」
「そうなんだ。高校は?」
「高校も行ってない。お金がなかったから」
「そ、そっかぁ」

 経歴を調べたいのなら、大学や高校について聞くのはいい手段だろう。千歳の場合、そもそもの学歴がないので何の役にも立たないが。嘘を言って調べをつけられることを恐れたのか、千歳はそこについては本当のことを言った。

「えっと、独学って、どういう風に勉強するの?」
「まずその辺から外国人の幽霊を探してくるでしょ?」
「は?」
「あとはお話してもらうだけ。慣れよ慣れ」
「な、なるほど……?」

 困惑しきった返事をするコナン君に対して、千歳はにっこりと笑っている。
 自分がされた時は腹立たしかったが、傍から見ている分には面白い。
 どんな幽霊がいたのか聞けば、各国の名無しの権兵衛が登場したのだろう。

「宇都宮さんとはどうやって知り合ったの?」
「エドガー・クラウセヴィッツっていう人の依頼で仕事をしたときに会ったの。知ってるかしら? ドイツの海運王」
「知ってるよ! 千歳さん、凄い大物と知り合いなんだね。そのクラウセヴィッツさんとはどうやって?」
「道に迷っていたところに声をかけたら、騙されて通訳がいなくなっちゃったってわかって商談にも付き合ったの。付き合いはそれからね」
「へぇー……」

 実際にあったことなら嘘はつかないし、自分のことで調べられてはまずいことは有り得ない答えを言ってはぐらかす。すっかり手馴れた様子の立ち回りだ。

「白鳥警部が千歳さんのことを怪しんでたんだけど……何か、心当たりはある?」
「あぁ、車の免許がなくて銀行口座を持ってなかった頃に、目の前で"通訳料は小切手で払ってくれ"って言っちゃったのよ。このご時世振込が普通だし、それで変に思ったんじゃないかしら」
「そうなんだ。親が子供の頃に作ってくれてた、とかよくあるのになぁ」
「そうね。親がいれば免許なんかなくたって口座があったかもしれないわね」

 千歳は顔色ひとつ変えずに答えたが、かえってコナン君はまずいところに踏み込んだと感じたのだろう、肩を跳ねさせた。

「な、なんていうか……ごめんなさい」
「べつに気にしてないわよ。他に聞きたいことは?」
「千歳さん、黒川さんとはどういう仲なの? 前に大学の先輩後輩だって聞いたけど……大学は行ってなかったんだよね?」
「あぁ、警備の仕事で恋人のフリしたり家族のフリしたりっていうのがあるらしくて、その演技の練習に付き合ってるだけよ。そのときはそういう設定で話してたんじゃないかしら」
「それ、楽しいの?」
「意外と楽しいわよ。その場限りのお遊びだもの」

 コナン君の興味が尽きるまで、質問は続いた。時折思い出したように出身地を聞くも、"秋田県の仙台市"だったり"山梨県の宇都宮市"だったりと、これから都道府県と県庁所在地を覚える小学生に聞かせたら間違いなく混乱を招く答えばかり返す。コナン君はそれが答えになっていないことに気づいているようなので、心配は要らないと思うが。
 ついには諦めたのか趣味の話になっていった。

「――へぇ、千歳さんはミステリーは読まないんだね」
「難しいことを考えるのは嫌いなの」
「そうなんだぁ」

 コナン君の声は少し上擦っている。おそらく顔は笑顔でありながらも引き攣っているはずだ。
 難しいことを考えるのが嫌いな割に、事実は矛盾なく、はぐらかしたいところは敢えて矛盾だらけにして答えを返していると気づいているからだろう。
 随分と頭の良い子だ、と思う。
 千歳の顔は少し疲れを見せている。ハムサンドも出来上がるし、そろそろ助け舟を出してやるべきだろう。
 二人分のハムサンドを持っていくと、会話は途切れ、千歳の目はハムサンドに向けられた。
 コナン君が食べ始めたのを見て、千歳も手を合わせてハムサンドを手に取る。
 ひとくち齧った千歳は、咀嚼しながら目を輝かせた。

「……おいしい」
「それは良かった。得意なメニューを褒められると嬉しいものですね。どうぞごゆっくり」

 ぽつりとこぼれた感想に返事をして、ランチの時間になり混み始めた店内への対応に集中することにした。
 千歳はコナン君にランチをご馳走して、連れ立って店を出ていった。先ほど話していたとおり、杯戸町にある大きな本屋に行くのだろう。
 藤波に千歳の予定をメールで伝えた。あとは千歳のスマホを追って、米花町に戻る頃に指示を出してくれるだろう。
 本格的に忙しくなる頃には梓さんが戻ってきて、店内が落ち着きを見せ始めた頃に上がることができた。
 ポアロの休憩室を出る前にメールを確認すると、藤波から貸会議室の部屋番号を記したメールが送られてきていた。千歳は車で来るだろうし、このまま徒歩で行ったほうがいいか。
 駅の近くの貸会議室があるビルに着くと、藤波が入口の近くに立っていた。数台分の駐車スペースがあるので、千歳が停めるのに問題はないだろう。赤井に入れ知恵をされているかもしれない少年が、何かを仕掛けてくる可能性はある。それでなくても発信器や盗聴器の類がつけられていないかのチェックは必要だ。そのために待機しているのであろう藤波からすれ違いざまに会議室の鍵を受け取り、そのまま中に入る。
 ブラインドが下ろされた部屋の中は、人工的な明るさで満たされている。入口に対して垂直に二本並べられた長机、その上に置かれた資料の束。ノートパソコンが置いてある席は藤波が使うのだろうと考え、その隣に腰を下ろした。

[BACK/MENU/NEXT]
[しおり]

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -