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 突然降谷さんが風見さんに目配せをした。
 風見さんは頷いて、ここにきてようやく口を開いた。

「穂純さんが降谷と共に打ち合わせや捜査をしている間、私は東都環状線の防犯カメラを調べていました。あなたが米花駅で降りたことを確認できるあの電車が停車した駅、線路、それらが映ったカメラのすべてを」
「……やっぱり暇なの?」
「仕事の一環です。あなたが工作員なら、野放しにはしておけなかったので」

 全然置いておいてない。この件が終わるまではわたしのことは置いておく、と言っていたのに。
 別にそれを信用していたわけではないけれど、"裏切られたな"という気分になるのも無理はないと思う。
 まぁいいかと、視線で続きを促す。

「……どうしても、穂純さんが見つかりませんでした。あなたが乗っていたのは環状線から出ることのない車両。だから、環状線内のどこかの駅で乗り込む姿、もしくは停車中の車内にいる姿のいずれかを見つけられるはずだったんです。ちょうど、米花駅とひとつ前の駅の間に、カメラがありまして。そのカメラはあなたが乗っていた車両を鮮明に映していたんです。ですが、そこにもあなたは映っていなかった。にもかかわらず、米花駅であなたは電車を降りて、その姿がカメラに映っていた。穂純さんの運動能力は走っている電車に乗り込めるほどのものではないことを考えると――、突然現れたのだとしか考えられない」

 そんな都合のいいカメラがあったのか。
 運は二人に味方していたらしい。いや、この場合わたしにも、だろうか。あの突拍子もない話を信じる根拠がそのカメラだというのなら、そのカメラにわたしも感謝した方がいいのかもしれない。

「そこで、あなたにとってここが物語の世界の中である、電車で来た、電車がどこに行くかわからない、という発言です。あなたは仕事帰りにいつも通りに電車に乗っていて、気がついたら米花駅にいた。慣れた路線での帰宅途中なのに耳慣れない駅名を聞いたのなら、降りて現在地を確かめるのが自然です。あなたは現在地が米花駅であることを知り、それが読んだことのある物語に登場した地名だったから、物語の世界の中に来てしまったと考えた。電車がどこに行くかわからないというのにも頷けます。あなたは帰宅するために乗っていた電車で、わけもわからぬうちに米花駅に来ていたんですから。迂闊に電車に乗って、また見知らぬ場所へ行くのも恐ろしいと考えるのも無理はない」

 ……完敗だ。そこまで論理的に説明されてしまうだなんて。
 もっとふわふわした答えだったら、はぐらかすことも考えたけれど。
 小さく溜め息をつくと、風見さんは降谷さんに目配せをして話し手を戻した。

「この話が事実なら、こちらの調査結果も辻褄が合う。はじめは信じられませんでしたよ。……ですが、どれだけありえないと思っても、僕と風見は己の手でその他の可能性を排除してしまった」

 工作員であるかもしれないという疑いは、戸籍の杜撰さ、わたしの行動から晴れてしまった。
 米花駅の手前にあるカメラにわたしが映らなかったことで、その手前にあるどこかの駅で乗ったわけではないことを明確にしてしまった。
 いくつものわたしのミスで、わたしが彼らを知っているのではないかと考えてしまった。
 けれども、信じられるはずがないのだ。
 これは最後の確認だ。
 どうしても困ったような笑みになってしまうけれど、今はそれが精いっぱい。
 困惑しているのは事実なのだ。彼らがわたしの話を信じたことが、とても信じられなくて。
 不完全な笑みを浮かべて、降谷さんと風見さんの顔を見る。

「そんな馬鹿馬鹿しい答えを、あなたたちは信じるのね」
「これが"正解"だと、自信を持って言えるからですよ。そしてこれが間違いなら、この数日のあなたの行動が我々を欺くための完璧なものだったのなら、我々にはあなたの秘密を暴くことはできない。あなたの勝ちです」
「……」
「どれも、推測の域を出ません。あなたが多くの言語を操れることの説明もつけられていない。あとはあなたが持っているピースで、すべて埋められるのではないですか?」

 あぁ、だめだ、たぶん今の問いかけで彼らには正解だとわかってしまった。
 だいぶ薄まったカルーア・ベリーを飲み干して、沈んだアルコールで体を温める。

「そうね、……わたしの負けね」

 氷だけが残ったグラスを、コースターの上に置いた。

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