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 降谷さんの言葉は、まだ続いた。
 この数日でどれだけミスをやらかしているんだろう。
 彼の指摘に辻褄を合わせて返事をするのが難しくなってきた。

「次に、"あなたの身分、わたしへの疑い。それらをごまかすようなら"……という発言。僕が身分を偽る可能性に、どうして思い当たったんですか?」
「風見さんから"普通は身分を明かさない"って聞いていたもの。潜入捜査官なんかもいるところだって、なんとなくわかっていたから」

 詰めの甘さを指摘されるのって、なんだかとても恥ずかしい。
 笑ってごまかし、適当に思いついた言い訳を並べ立てる。

「名前までは隠してもわからなかったはずです」

 とんでもない口の滑らせ方をしていた。
 そうか、風見さんが寄越すのだから警察の人間のはずである。それをわざわざごまかす意味はない。
 とすれば、ごまかすものは名前だとか年齢だとか、パーソナルデータになるわけだ。それを、特に本名なんて知るはずもないのに、なぜ嘘か真かわかったのだ、と訊きたいらしい。
 これはだめだ、反論も適当な答えも思いつかない。
 降谷さんはわたしの反応を見て目を細めた。

「次、なぜFBIを引き入れようとしたんですか?」
「エドが言っていたのよ。FBIに友人がいるって。その人は日本で休暇旅行中だけれど、協力を求めれば応じてくれるだろう、ともね」
「あなたのことを深く探ろうとしたタイミングで、FBIの話を持ち出されました。まるで、FBIを呼ばれては堪らないとあなたに関する詮索を諦めるのをわかっていたかのように」
「海外の警察なんて、大抵は自国に入れたくないものでしょう? 探られるのが面倒で、それを回避するのにいいネタを持っていた。それだけのことよ」

 降谷さんの言っていることは完全に図星だ。
 的確に言い当てられすぎて、まともに受け答えをしている自信がなくなってきた。
 ひとつ前のミスの発覚も、影響が大きい。冷静に考えられなくなる。

「そして、白河……トラウト逮捕の時に一緒にいた女性捜査官ですが、彼女から、僕がトラウトと対峙している時の話を聞きました。あなたは、"話を忘れろ"と言った白河に、素直に頷いた。それは話の内容を、知っていることの危険性を、正しく理解していたからではないですか? 白河が言っていましたよ、"あれはよくわからないまま頷いたのではない"と」
「最初に風見さんが"トラウトがある組織に武器を流そうとしている"って言っていたもの。降谷さんは潜入捜査官、その組織に潜入してるっていうなら忘れてほしいというのも頷けるわ」
「それなら理解していただいたうえで内緒にしておいてもらいますよ。わけもわかっていない人間を放っておく方が危険です。……先ほどまで我々を相手に嘘をつけるわけがないと理解したうえで話をしていたのに、ここにきて往生際が悪いですね」

 白河さんを甘く見るな、あの態度がどういうものだったかぐらいわかるんだぞ、ということだろうか。
 ……迂闊に口を開けない。ごまかし方が思い浮かばない。
 降谷さんは話通しで喉が渇いたのか、バーボンを呷った。
 ここで話を区切って緊張の糸を緩めてくるのか。
 意地が悪いなと思いながら、グラスをとってカクテルを飲んだ。

「……まだ続きがありそうね」
「えぇ、ありますよ。では続けます、それであなたが追い込まれる結果になると思いますが」
「ダメ押しってこと?」
「そうなりますね」

 じわじわと追い詰めてきてからの、これからトドメを刺します宣言。こちらの心を揺さぶるのが上手すぎる。
 それでも、敵意というものは感じない。
 どういうつもりでこの話をしているのか。今更になって気になってきてしまう。
 まさか本当に信じた? それほどの根拠が、一体どこにあったというのだろう。
 グラスで手を冷やして思考を少しでも落ち着いたものにしようとしながら、降谷さんを見て続きを促した。

「これはあなたのミスが生んだ矛盾ではありません。経歴がどうあれ善良な一般市民なら、自然なことですよ。それゆえに、あなたの突拍子もない話を信じざるを得なくなりました」

 バレた時点でわたしのミスである。
 なんでちょっと慰められているんだろうと思いながら、たぶん振る舞いのことだろうなと思い当たった。

「"忘れた"と嘘をついて戸籍を作る大胆さがありながら、トラウトに対するあなたの態度は一般人のものでした。戸籍に関して嘘をつけたのは、絶対に秘密を明かされないという自信があったからですね」
「……」

 頷くことはできないので、何も反応はしない。

「狙撃された時と、トラウトと対峙した時。あなたには瞳孔の拡大と心拍の急上昇が見受けられました。これはどちらも恐怖を感じた時の反応です。それから、後ずさろうともしましたね。あの状況なら我々と距離を置いてトラウトに狙われる可能性を高めるより、むしろ近づいて盾にした方がいいのはわかるはず。それでも恐怖の対象から距離をおこうとしてしまう、一般人によく見られる行動です」

 なるほど、そこをごまかせるわけがなかった。
 心拍の上昇は、逃げるときに手を握ってくれていたから、手首に触れてわかったのだろう。
 瞳孔の動きや心拍の速さなんて自分でコントロールできないし、トラウトへの恐怖心から本能的に後ずさろうとしてしまったのも本当だ。
 ただの一般人だと、あの時の行動から確信したということだ。

「どこかの工作員なら話は早かったんですが、そういう人間がつくったにしては戸籍は杜撰ですし、先ほど言ったとおりあなたは我々を相手に嘘をつくことも恐怖心をコントロールすることもできていない――つまりはそれなりの訓練を積んだようすが見られないんです。一般人を装うにしても、命の懸かったあの場で守ってくれる人間から距離を置くのは得策ではない。以上の行動から、我々はあなたが一般人だと断じました」

 一切の反論を封じられた気がする。
 いや、一般人だと断じてもらえたことは、良かったと思う。どこかの工作員じゃないか、経歴がよくわからないからとりあえず捕まえようなんて話にならなかったのだから大いに喜ぶべきだ。
 警察官が信じるには到底無理のある話だからと思っていたけれど、ここまで的確に言い当てられ、根拠を組み立てられたのでは崩しようがない。
 口を開かないわたしを見て、降谷さんはまた笑みを深めた。

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