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 情報戦に強い犯罪グループに潜入していたゼロの人間が戻ってきて、一網打尽にする作戦が組まれた。
 藤波の技術で通信は保護しているが、リスクは最小限に抑えておきたい。
 白河さんから穂純さんへ、何かあれば連絡は藤波にするように伝えてもらうことにした。
 作戦には参加できないため、風見が指示を飛ばすのを見守っている状態だ。白河さんの傍に行き、届いた書類に目を通しながら耳を傾けた。

『はい、穂純です』
「白河です。ごめんね穂純ちゃん、しばらく大きな案件に取りかからなくちゃいけなくて……藤波君に連絡を一本化してもらってもいい? あいつ引き籠もりだけど、データの受け渡しくらいならするからさ。風見君もこっちで使うから、できれば連絡は控えてほしい」
『ここ最近も変わったことはないし、大丈夫です』

 彼女の信頼を得られたと感じた頃、藤波も詳細な事情を知っていることを伝えてはいた。穂純さんへの依頼を一番多く出してくるのは藤波だ。彼女に回す案件は俺も管理しているが、藤波とのやりとりは恙なくできているようで、信頼関係も十分に築けていると言える。
 何かあれば頼れるようにと連絡先も教えてあるし、電話口の声からは嫌そうな感じはしない。
 白河さんもそれを感じ取ったのか、ほっとしたような笑みを浮かべた。

「そっか! 良かった。また連絡できるようになったらこっちから電話するね」
『えぇ。わたしが言うことじゃないかもしれないけど、気をつけて』
「ありがと! じゃあね」

 白河さんは通話を終えると、"大丈夫そうだよ"と一声かけてくれた。

「何事もなければいいんですが」
「彼女、こっちが接触できないときに限って厄介事に巻き込まれるからねぇ」
「えぇ……、! すみません」

 風見に呼ばれ、白河さんに断りを入れて離れた。
 人気のない部屋に案内され、信じられない情報を聞いたかのような様子で教えられたのは、赤井の死。
 来葉峠で車が炎上したというニュースは耳にしていたが、詳細までは上がってきていなかった。炎上したのは赤井が乗っていた黒のシボレー。中に倒れていた遺体がポケットに手を入れていたため残された指紋と、奴が触れた物についた指紋とを照合して、死亡したのは赤井秀一だと断定された。――これが、刑事部の捜査の顛末だ。
 すぐに庁舎から距離を置いてジンに確認すると、キールがNOCでないことを確認するために赤井を始末させたのだと返事を得られた。
 あの男をそう容易く殺せるはずがない。この案件が片付いたら詳細を確認するべきだ。頭の片隅に置いて、仕事に集中することにした。
 庁舎に戻ると、今度は上司に呼び出された。指定された部屋に居たのは呼び出した本人と外事課の管理職の人物だ。
 また例の組織に関わって海外に手を出してしまったことを言われるのかと、気を引き締めた。

「どういったご用件で?」
「"2801"についてだ」

 "2801"――協力者である穂純さんを識別する番号だ。

「彼女が何か?」
「管理を外事課に移せないかと打診を受けているところなんだ。降谷君、君から見てどうだ?」

 "どうだ"とは、なんとも曖昧な問い方をする。
 彼女の管理をするのにどちらが適切か、を問われていると考えていいだろう。確かに通訳にも翻訳にも細やかな対応をし、"あらゆる言語を短期間で習得できる"彼女は、海外が関わる案件を多く持つ外事課で管理をする方が適切なのだろう。
 しかし、"何も知らない"外事課があの嘘つきな彼女と上手く渡り合っていけるのか。穂純さんは警察相手にも口からするすると嘘を吐き出せるほどになっている。宇都宮氏の妻子の行方が知れなかったときも、事件が起こって詳細を聞かれるまでは周囲にそのことを悟らせずにいたらしい。
 そんな彼女を相手に、信頼も何もない外事課に管轄を移したと告げたところで、嫌そうな顔をされるだけだろう。
 不自然な経歴に興味を持って中途半端に暴こうとすれば、鬱陶しがられて協力を拒まれるかもしれない。案件によっては、こちらが彼女の機嫌を窺わなければならないこともあるのだ。幸い、俺と風見に対して全幅の信頼を寄せてくれているため気遣いに礼を言われることの方が多い状況だが。

「"2801"の語学力からして、外事課で管理をするべきだというお考えに異論はありません。ですが、彼女は面倒事を嫌います。彼女が信頼に足る人物かを確かめるために改めて経歴に触れれば、即座に協力関係を断ち切られるでしょう。それから、彼女が私と公安部の風見裕也警部補以外に嘘をつかない保証はできません。現役の捜査官にも見破ることが難しいほど巧みに、息をするように嘘をつきます。それでも良ければ、どうぞご検討ください」

 こうして並べ立てると、本当に彼女は管理が面倒だ。たまたま彼女に"知られて"いて良かったとすら思えてくる。
 外事課から来た人物は渋面をつくり、上司は彼に寄り添うような表情を見せながらも彼に見えないところで親指を立ててきた。"グッジョブ"じゃない、言い包めるのが面倒だから呼んだに過ぎないでしょう、と言いたくなる。

「……難しいな」
「もちろん、必要なら風見警部補を経由して依頼をしてくださっても結構ですよ。それぐらいのお力添えはさせてください。申し送りはしておきますので」
「あ、あぁ。そうしてくれると助かるよ」

 彼女の管理は容易くないとわかってもらえたのだろう。渋面を作ったまま退室する背を見送った。

「降谷君、すまなかったな。助かったよ」
「いえ、それは構いませんが……」
「君たちの班、最近とんと外国語の翻訳が必要な案件を外事課に回さなくなっただろう。藤波君を経由すれば他の班もそれができるからなぁ。それを訝しんだ外事課が、彼女のことを突き止めたんだ。もちろん、"短期間で新しい言語も習得できる語学の天才だ"としか伝えていない。そこに直接管理している降谷君の言葉が重なれば、諦めがつくだろうと見込んでいたんだ」

 先回りして答えてくれたということは、申し訳なく思っているというのは本当なのだろう。

「他の班の物は複数の言語が絡むものだけにして、あとは従前どおり外事課に回しますか」
「ふむ、それは可能なのか?」
「彼女はこちらからの依頼が減ったところで困るような状況でもないですし、仕事が減れば"平和なのは良いこと"と前向きに受け止めてくれると思いますよ」
「なるほどな、それなら藤波君に伝えて上手くパイプになってもらおう。彼への伝言は私からする、君は戻ってくれ」
「はい、失礼します」

 あとは上司が上手く立ち回って丸く収めてくれるだろう。
 しばらくは穂純さんに関連した警察内部の動きにも注意しなければならない。
 作戦本部が設置された会議室に戻ると、風見が報告のために近寄ってきた。

「降谷さん、後は奴らの動きを待つだけです」
「わかった。引き続き指揮は風見に任せる、君の知る範囲で使えるものが僕の元にあれば言ってくれ」
「了解!」

 連絡が来るまで別の仕事を片付けるか。
 いつものデスクに戻り、山積みになった承認待ちの書類に手を伸ばした。

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