ハロウィン

「お菓子くれなきゃいたずらするぞ」

 今日はハロウィン。
 家に来てくれた零さんは、珍しく紙袋を持っていた。
 甘い匂いがほのかにしたから、きっとお菓子だ。ねだるならせっかくだからそれらしくと思って言ってみた。
 ソファに隣り合って座る零さんは、目を細めて口角を吊り上げた。

「生憎、お菓子はないんだ。さて、どんな悪戯をしてくれるんだ?」

 からかうような笑みを浮かべられて、どきりと跳ねる心臓。
 あぁでも待って、お菓子をもらえるとばかり思っていたから、いたずらなんて考えてない。
 少し悩んで、零さんの腕に抱きついた。

「今日は一日離さないんだから」

 零さんはきょとんとしたけれど、眉を下げて優しく笑った。
 他愛もないことを話しながらのんびりしていると、テーブルに伏せて置かれていた零さんのスマホが数秒振動した。それを手に取った零さんは、ちらりとわたしの顔を見る。
 ――あぁ、仕事かな。
 ぱっと腕を放すと、零さんは切なげに目を細めて首を傾げた。

「離さないでいてくれるんじゃなかったのか?」

 こんな戯言に付き合う余裕がないことぐらい、わかっている。
 笑みを返して、首を横に振った。

「零さんを困らせたいわけじゃないもの。冗談よ」

 零さんは頭を抱えて深い溜め息をついてしまった。

「え、零さん……?」
「……悪い」

 ぽそりとこぼされて、首を傾げる。
 スマホの画面を見せられて、良いのかなと思いつつ見てみると、タイマーのアプリが起動していた。

「仕事は休みだ。今日は呼び出されることはないんだ」
「え……」

 零さんはきまり悪そうに目を逸らした。

「……悪戯を、と思ったんだが。ごめん、タチが悪かったな」

 ぽんぽんと頭を撫でられた。
 よくわからずにそれに甘んじていると、零さんはローテーブルの下に置いていた紙袋を引っ張り出して、中からクッキーを取り出した。ほんのりかぼちゃの色がついていて、上にかぼちゃの種が載っている。クッキーが入ったタッパーを片手で開けて、ひょいと摘まみあげて口元に持ってこられた。
 素直に口を開けると、小さなクッキーが口の中に置いていかれて舌の上にかぼちゃの甘みが乗る。噛むとさくさくと砕けて、種がアクセントに心地いい。

「ん、おいしい……!」
「昨日張り切って作り過ぎた。あと、かぼちゃのケーキもあるんだが」
「食べたい」
「はは、じゃあ用意しような。さて、千歳」
「うん?」
「Trick or treat?」

 手を掬われて、指先に口づけられながら甘い低音で言われて、一気に体温が上がる。

「……キッチンに、かぼちゃのマフィンがあります……」

 もごもごと答えると、零さんはくすりと笑って一緒に準備をしようと言ってくれた。
 キッチンに行ってお茶を淹れたりお菓子をお皿に並べたりと協力して準備をしていると、零さんがぽつりとこぼした。

「本当はな、せっかくの機会だから、少し困らされてみたかったんだ」
「……ごめんね?」
「謝らせるつもりもない。千歳は聞き分けが良くて手がかからないから本当に良い恋人だと思っているが、いろいろと我慢させているだろうしな」
「じゃあ今日は一日本当に離さない……って言いたいところだけど、お菓子もらっちゃったね」
「はは。良いさ、離さないでいてくれ」
「……いたずらにならないのだわ」
「"お菓子をくれ"と言っているんだ」

 零さんはくすくすと笑った。
 言っている意味がわからず首を傾げていると、頭にカチューシャを載せられた。
 さらに意味がわからない状況に戸惑ってカチューシャを触ると、感触から猫耳とわかるものがついていた。

「んん……!?」
「少しは仮装もしないとな。俺にたっぷり甘えて、胸やけをさせてくれ。そうでないと俺が悪戯を仕掛けるぞ?」

 つぅ、と背中の中心を指でなぞり上げられて、ぞくぞくとしたものが背筋を走った。
 甘えさせてくれる。素直にならないと、たぶん、とってもいやらしいことをされる。
 あぁどうしよう、どちらも捨て難い。彼にされるなら、なんでもうれしい。

「……お菓子はあげるけど、あとでいたずらもしてほしいって言ったら……わがままかしら」

 また、深い溜め息をつかれてしまった。
 かと思えば抱きしめられて、ぎゅうぎゅうと腕に力を込められる。

「とんでもない。そういえば、猫飼いというのは喜んで猫の奴隷に成り下がるらしいな。つまり、今の千歳はどんなわがままも許されるということだ」

 体を少し離されて、顔を覗き込まれる。青い瞳と視線がぶつかると、とろりと甘い視線が降ってきた。

「可愛い俺のご主人様」

 からかうように言われて、恥ずかしさから目の前の胸板に顔を埋める。
 居た堪れなくて額を擦りつけていたら、"本当に猫みたいだ"と楽しそうに笑われてしまった。

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