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「あなたは真実を話していた。――信じようとしてくれていたんですね、僕のことを」

 グラスを傾ける手を止めてしまったから、きっと動揺は伝わってしまった。
 まだ、誤魔化せる。単なるカマ掛けの可能性も捨てきれない。
 カルーア・ベリーを喉に流し込んで、グラスを置いた。
 何を突拍子のないことをと、茶化しながら言えばいい。言葉遊びに対する真面目な返事について、意外だと思った風を装えばいい。

「警察官が出すにしては随分意外な答えね。……わたしが話した真実はどれ? どこをどう取ってそう思ったの?」
「あなたにとってここが物語の世界の中であること。そして、電車で来たということ。電車が"どこに行くかわからない"という発言。これが、あなたの話した真実です」

 ぴたりと言い当ててきた。
 別にこれはいい、彼を相手に嘘か本当かわからない話し方なんてできるわけがないのはわかっていたから。
 けれど本当のことを話していると思われたとしても、どうせ気が狂っているとかで片づけられるだろうと高を括っていた。
 まさか真に受けてないよね、ボロを出させるための会話だよね。
 降谷さんは"当たりですね"と満足げに笑って、また口を開いた。

「いくつかの冗談や"忘れた"という発言を聞く中で、"電車"という単語が妙に引っかかったんです。死角を歩く技術がなければ、防犯カメラに映るはずだ。調べてもわからないようなことばかり口にしたあなたの、唯一の裏付け調査ができる発言です。案の定、四ヶ月ほど前に仕事帰りの格好で米花駅で下車し、定期券が通せずに窓口で精算するあなたの姿が確認できました」

 そこからの足取りを追うことは、非常に簡単だったらしい。
 何しろわたしは米花駅付近の交番にいた警察官にとって、よくわからない言語で話す夫婦の道案内を引き受けてくれた救世主。降谷さんが探偵の顔を使って尋ねたところ、よく覚えていたので話を聞けたとのことだった。
 仕事帰りのその格好で、ホテルに素泊まり。買い物に行って旅行用品一式を購入し、翌日からクラウゼヴィッツ夫妻の観光に同行。
 交番で知り合い、ドイツ語を話せることでクラウゼヴィッツ夫妻から依頼を受け、金銭面でも困っていたわたしが二つ返事で引き受けた。そう想像することは容易いはずだった。

「それからホテルを転々としながら、オットマー・フランツ逮捕に協力して、その後法務局で相談をし、家庭裁判所の就籍許可を得て戸籍をつくっていますね。運転免許を取って身分証明が必要な手続きもしやすくなり、預金口座をつくって仕事が増えてからは、懇意にしている宇都宮貴彦氏が所有するマンションに移っています。身寄りのないことを知っている宇都宮氏は、保証人もいらないからと言って、セキュリティが充実しているあの建物に住まわせてくれたんでしょう。これが、あなたの行動がわかる期間の話です」
「えぇ、間違いないわね」
「さて、それなら米花駅で降りる前のあなたはどこからやって来たのか」

 降谷さんは開いた膝の上に肘を載せ、手を組んで口元を隠した。
 強い視線に射抜かれて、思わず身じろぐ。

「"乗換案内のアプリが便利だ"という話をしたとき、あなたは"適当に答えている"と言いました。それに対して、"自分にとってここは物語の世界の中だ"という話をした時、"真面目に話しているのか"と聞いた僕に"この上なく真面目だ"と返しました。ホームズの話を、わざわざあなたから切り出してきた点にも疑問が湧く。あなたが意図的に口にしたヒントは、これだったんじゃないかと思いました」

 まだ。まだ、正解だなどと言ってはいけない。
 期待するな、思い当たって当然のことしか言っていないのだから。
 笑みを崩さないように気をつけながら、視線で続きを促す。

「思い返せば僕や風見、それから我々が調査中の組織について、あなたが知っているのではないかと思える言動が、いくつもあるんです」
「……たとえば?」
「この部屋での風見との対話に、すぐに応じた点。警察官だと名乗りもしていない風見を相手に、よく密室で二人になろうと思いましたね?」

 言われてみれば。密室で初対面の異性と二人きりになるなど、自殺行為も甚だしい。
 警戒しなくていい相手だとわかりきっていたから、深く考えずに応じてしまった。

「言ったはずよ、"仕事に関係する話でもあるから、ここだとしにくい"って。それに、個室で話したいと言ったのは風見さんよ?」

 数日前のことを思い出しながら、反論してみる。

「あなたのその警戒心の強さで応じたことが不自然だ、と言っているんです」

 ばっさりと斬られた。
 どうしたものかと悩みながら、グラスを手に取ってカクテルで喉を潤した。
 せっかくのおいしいカクテルなのに、味をあまり感じられない。

「まぁ、これも話を続ければわかることですね。風見と会った時も、僕と会った時も、あなたは警察手帳を確認しようとしました。真っ当な警察官なら、躊躇いなく見せるはずだと。あなたの信用を得たいと考えている状況であれば、こちらも尚のこと誠実に対応しなければならなかった。あなたは僕たちが"自分にとって危険のない存在であるか否か"を、ここで確かめました」
「……それは否定しないわ」

 罪を犯したことを責めるような空気ではない。
 ただただ、真実を突き詰めていくための話。
 降谷さんの言葉に対応するために考えれば考えるほど、口を開けなくなる。
 コースターの上に置いたグラスが、わたしの代わりのように汗をかいた。

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