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「……ごめんなさい」

 普段の彼女の強がりな態度からは想像ができないほど素直な謝罪をされた。
 "赤井さんはFBIだから"、"赤井さんがそんなことをするはずがないから"なんて、彼女の身の安全の保障にはならないのだ。
 心配していることが伝わったのか、反省する様子を見せる穂純さんはすっかり縮こまっている。もういいだろうと、マカロンをひとつ摘まみあげて穂純さんの唇に押しつけた。
 細い指が添えられて、小さく齧られる。色香のある格好をするくせに小動物のような仕草をするのが、気を許されているようで気分がいい。

「反省してるならいいさ。学習はしていないようだが」

 個室に鍵をかけるのも、勧められるがまま逃げにくい奥側のソファに座るのも、与えられた物を素直に口にしてしまうのも、すべて俺を信頼しているからなのだろうか。それとも赤井に対するものと同じで、警察官であることと俺自身の性格を当てにしているのか。
 穂純さんはむぐむぐと口を動かしながら少し考えて、こくりと喉を動かしてマカロンを飲み込んだ。

「……降谷さんは薬なんて盛らないでしょ」
「そうだな、僕は盛らない」

 小さく齧り取られたマカロンを取り上げて、口に放り込んだ。
 バニラの上品な甘さが口の中に広がる。
 穂純さんはまた何か考えた様子で、カクテルに手を伸ばした。

「……騙してくれたらそれでいいけど」
「すぐ騙されてくれそうだな」
「かもね」

 彼女の痛いほどの信頼を感じて胸の内が温かくなる一方で――これから先、彼女は俺に何をされても恨まないのだろうという予感もして、腹の底が冷たくなる。ちらちらと見え隠れする、誰にも明かせない秘密を共有する相手への依存が痛々しい。
 それなら俺が、普通なら恨みたくなるようなことをしなければいいだけだ。
 楽しそうに笑う穂純さんに笑みを返していると、穂純さんの視線がバッグに向けられて、嫌そうに眉が顰められた。
 あの夜、間違いなく赤井は"安室透"と彼女の接触を目撃している。探りを入れようと連絡をしてくる予感がしているのか。
 緊張感で渇く喉にウイスキーを流し込んだ。

「赤井との繋がりは切れそうか?」
「そろそろ最後の電話に出てあげようかなって思ってたところ」

 穂純さんは不敵に笑い、カルーア・ベリーを飲みながら空いた手をハンドバッグに伸ばしてスマホを取り出した。
 操作しながら立ち上がり、隣に座ってくる。画面を覗き込むと、通話音量を上げていた。聞かせてくれるつもりらしい。
 すぐに着信が入り、穂純さんはすっと表情を引き締めて口角を上げ、通話状態に切り替えたスマホを耳に当てた。聞こえるように身を寄せてくれたので、素直に耳を傾ける。

「穂純です」
『赤井だ。やってくれたな、単なる警戒心の強い子猫だと思って甘く見ていたよ』

 どうやら彼女はとんでもなく舐められていたらしい。
 つい笑ってしまって肩を震わせて堪えていると、腕をつつかれた。

「何のことかしら。あぁ、振込は確認したわよ。領収証はどうしましょうか」
『本国に連絡を入れておくから、悪いが送ってくれ』
「かしこまりました。じゃあ――」
『待て、切るな』

 さっさと連絡を終わらせようとした穂純さんを、赤井は落ち着き払った声で呼び止めた。

『君には答え合わせをしてもらわなければ困る』
「わたしも暇じゃないんだけど?」
『現在地が暇だと示しているんだが』
「デート中なの。これだけ電源切り忘れてたのよ」
『それはすまなかったな。君の相手がデート中でも他の男との電話を許してくれる寛容な男で良かった。それで、やはり端末を複数持っていたか」

 後をつけてきたのか、それともいま連絡しているスマホをハッキングしているのか。
 いずれにせよ居場所を知られていることに不快感を覚えていそうなものだが、穂純さんはさして気にした様子もない。

『その端末、連絡先は何件登録してあるんだ』
「一件だけ。使う用事もなくなったから明日には解約する予定だけれど」
『……最後までやってくれる』

 赤井の苦々し気な声を聞いて、穂純さんは口の端を吊り上げてにんまりと笑った。

「それで、答え合わせって?」

 一応は赤井の用件に付き合ってやるつもりらしい。
 いや、探りを入れてくるのが"安室透"との関係性についてなら、こちらを気遣ってのことでもあるか。

『君の嘘についてだ』
「どれのこと?」
『……言わなければ答えるつもりはないのか』
「いいえ。どんな嘘をついたか覚えていないだけよ」
『よくわかった、それも嘘だな。面倒なだけだろう』

 彼女の嘘には一貫性がある。
 戸籍に関してはもちろんのこと、後で矛盾を生まないように、可能な限り覚えているはずだ。
 赤井はそこまでの詳しい事情は知らないはずだが、彼女の人となりはわかってきたのだろう。
 穂純さんがこの場で電話を取ったのも、俺の手助けを得るためだ。はぐらかした返答をして時間を稼いでくれている間に、手帳とペンを用意した。

『――嘘つきにこの問答は無意味だな。本題に移ろう』

 こちらの準備ができたことを確認すると、穂純さんは"どうぞ"と穏やかに答えた。

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