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 組織との密な情報共有に区切りがつき、風見に連絡が取れるようになった。
 一連の経緯は想像したとおりだったようだ。
 穂純さんはいつものようにバーに行って、そこで赤井と出会った。成り行きで話をしているところに今回の標的だった薬物の売人が現れて、挙動から赤井に会話の内容を理解していると気づかれてしまい、協力せざるを得なくなった。
 盗聴器も仕掛けられていたのだから、まず白河さんに連絡を取ってくれたのは結果として良い判断だった。――真っ先に連絡を取ろうとしてくれなかったことが、胸の内で蟠っていたとしても。
 そんな蟠りをどうにかしようと、いつものバーに個室の予約を入れ、白河さんのスマホを借りて穂純さんに電話をかけた。

『はい、穂純です』

 何の疑いもなく電話に出た穂純さんの、朗らかな声が聞こえてきた。

「今日の夜七時に、いつものバーでいつもの注文をしてくれ。――いいな?」
『……はぁい』

 たっぷり三秒の間をおいて、か細い返事がされた。


********************


 バーボンウイスキーとバニラマカロンを注文し、一息つきながら穂純さんの到着を待った。
 約束は律儀に守る彼女のことだ、もう少しで来るだろう。
 ドアがノックされ、返事をして迎え入れる。バーテンダーからトレイを受け取り、穂純さんを中に入るよう促した。
 彼女は案内をしてくれたバーテンダーに会釈をし、ドアを潜る。

「こんばんは、穂純さん」
「こんばんは。……怒ってる?」
「多少は」

 怒っているかを聞くことに躊躇いながら、飄々とした態度は崩そうとしない。それが少し面白くない。
 怯えてほしいわけではない――が、強がってほしくもない。
 テーブルにトレイを置いていると、穂純さんはドアに鍵をかけてテーブルに近づいた。奥側のソファを勧めると、素直に腰を落ち着けてくれる。学習能力がないのか、俺に対する警戒心がないのか。つい視線をやってしまった艶めかしい太腿から、無理矢理に視線を上げた。
 備えつけのコースターの上にカルーア・ベリーのグラスを置いた。

「穂純さんの中で僕はどういう人間なんだ」

 彼女の口から真意を聞きたくて、問いかける。
 穂純さんは俺の格好を見て何とも言えない顔をした。組織のちょっとした用事を済ませて、そのままここに来たからだろう。彼女が知っているのは"表向き"の顔だろうから、違和感があるのかもしれない。
 質問の答えを考える彼女の眉が下がる。

「FBI……というか、赤井さんが絡むとそれに気を取られちゃう」
「……否定はしない」

 自覚はある。彼女が俺のそういう部分を知ったうえで白河さんに連絡を取ったということも、感情的な面では納得できないが理解はしている。
 米神を人差し指で揉みながら彼女を見ると、誤魔化すように微笑まれた。

「改めて経緯を説明してくれるか? 情報の擦り合わせをしたい」
「えぇ、それはもちろん。……どこから話せばいいかしら?」
「……個人的な興味も含むが、あの赤井とどうやって知り合ったのかというところから教えてほしい」
「了解」

 穂純さんはカクテルを飲んで喉を潤し、グロスで艶めく唇を開いた。

「よく行くバーで一人で飲んでいたら、ナンパされてる赤井さんが入ってきてね。困ってるみたいだったから、バーテンダーに"連れが待ってる"って言ってってお願いして、恋人のフリをしてやり過ごしたのよ」
「……赤井とは知り合いたくないと言っていたよな?」
「顔を見たの、伝言をお願いした後だったのよね」

 苦笑いで返された。
 声でわかるんじゃないかと思ったが、彼女にとって、赤井の声は久しく聞いていなかったもののはずだ。人は通常、他人のことを声から忘れていく。だから声を聞いてもすぐに結びつかなかったのだろう。

「はぁ……それで?」
「一緒に飲まないかって誘われて、勧めてもらったソフトドリンクを飲んでたの」

 赤井を助けるために動いて酒が回ってしまったのだろう。
 彼女は酔うと目元が赤くなるからわかりやすいのだ。

「例の売人が入ってきたら、会話も止まって。そこでようやくあのヘビースモーカーの赤井さんが煙草に火をつけたの。売人の二人の会話の内容はわたしにはわかったし、録音し始めたんだろうなって思って不自然に思われない程度に静かにしていたのだけれど……売人の打ち合わせが終わって、降谷さんに連絡しなくちゃって思って席を立とうとしたら、捕まっちゃって」

 穂純さんは自分の右手の甲に左手を重ねて指を交互に組み、"こうやって捕まえられて動けなかったのよ"と唇を尖らせた。

「赤井さんにも会話の雰囲気が変わって雑談になったのはわかったみたいで、その途端にわたしが席を立とうとしたから怪しまれちゃったみたい。お酒も飲まなかったから余計に」

 酒を飲もうと誘われたのに、酔いをすっきりさせるために勧められたソフトドリンクしか飲まずに席を立とうとした。
 確かにその場にいれば怪しむに足る挙動だっただろう。
 赤井は彼女に身分を明かし、捜査許可を得ていることを伝え、彼女が暗に"ぼったくるぞ"と脅しかけても怯まなかった。
 彼女には彼女なりの思惑があり、赤井が入手した音声データを掠め取ろうと画策していた。その結果、自分のテリトリー――要するに自宅――に連れ込むなどという手段に出るとは思わなかったが。
 音声データは取り損ねたが、文字に起こしてデータとして保存することができた。赤井を追い出すようにして帰した後、白河さんにそれを伝えた。あとは白河さんから報告を受けたとおりだと言われた。
 彼女の行動には、溜め息をつかされる。痛む米神を揉んだ。言えることは、ただひとつ。

「迂闊すぎる……ゆっくり飲んできて良かったんだぞ」

 結果として正確なデータは得られたが、無理をする必要はなかった。
 一杯でいいから赤井に付き合って、それから家に帰って聞いた情報を電話で教えてくれればそれで良かった。

「白河さんと同じこと言ってる」

 "お説教はもう勘弁"と言いたげな態度だ。
 これは口にしないだけで、赤井にも何か言われたに違いない。彼女の"知っている"人物に対する警戒心のなさは折り紙つきだ。

「これしか感想がないんだよ。それと、赤井を部屋に連れ込んだのもだ。風見のときもそうだったが、警戒するなら徹底した方がいい。穂純さんの信頼は何も知らない相手からしたら、"誘われている"ようにしか思えないものなんだ。万が一のことだってある」

 赤井が変な気を起こさなかったから良かっただけで、勘違いをさせて手を出されれば非力な彼女には抗うことなどできないのだ。
 望まないことをさせられて、彼女が壊れるのは見たくない。
 視線を合わせると、穂純さんは瞳を揺らして俯いた。

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