04

「ごめんね。千歳さんのこと、二人はすごく大切にしてたから。いきなり他人行儀になって、警戒されて……結構ショックだったみたいだね」

 意外な事実だ。二人がわたしのことを大切にしていた? 一体何があったのだろう。

「……コナンくんとは、仲良くなかったの?」
「ううん、そんなことないよ。千歳さんに何かあったときにこうして呼ばれるくらいにはね」
「そ、それもそうね……」

 何の話題は大丈夫なのかわからない。
 でも、コナンくんなら教えてくれるかもしれない。

「えっと、わたしはコナンくんの……えぇと、あなたのこと……」
「知ってるって、教えてもらったよ。でも、千歳さんはあの二人には言わないようにしてくれてる。灰原のこともね。……まぁ、赤井さんはわかってるみたいだけど……。あ、灰原には、"ゼロの兄ちゃん"と赤井さんのことは言わないでね。"安室さん"と、"池田さん"って呼んで」
「わかったわ……。コナンくんの知っている限りでいいから、わたしのことを教えてくれる?」
「うん、いいよ!」

 コナンくんは丸椅子に座って、わたしがこの世界に来てからのことを教えてくれた。途中で哀ちゃんが来てベッドの端に寄り添うように座ってくれて、飲み物を持って戻ってきた安室さんはパイプ椅子に座った。赤井さんは壁に寄りかかって立っていた。皆、色々と補足もしながらわたしが知らないわたしのことを教えてくれた。何かを伏せたような感じもしたけれど、それはお互いに知らなくていいことだからだろう。
 実家も、会社も自宅もなくなってしまったけれど、幸いなことに仕事に恵まれて不自由なく生活できていることには安堵した。
 状況は理解したけれど、それでもわからないことがあった。

「あの……どうして、二人はここに? 暇な人たちじゃ、ないですよね……?」

 いくらわたしのことを大切にしてくれているからといって、仕事を投げ出してくるような人たちだとも思えない。
 疑問をそのままぶつけると、二人はちらりと視線を合わせた。

「君は相変わらず勘がいいな」

 気づかないで欲しかったと言いたげな苦々しさを隠さない笑い方に、胸の内がざわついた。

「千歳さんは、親しいクライアントのエドガー・クラウセヴィッツさんから頼まれて、ある人から仕事を受けたらしいんだ」
「執事の証言、君の友人でもある風見からの情報……それらを鑑みれば、内容の推測は容易い。君はその"ある人"――ゲルト・ワーグナー氏から、"犯罪の証拠品を格納した金庫を開けるパスワードを教えられた"と風見に連絡していた。クラウセヴィッツ氏の紹介だということは、警察関係者に繋がりのある君を頼ってのことだろう。"警察に伝えて金庫をどうにか引き取りに来てほしい。自分の身に何かあっても金庫を開けられるようにパスワードも教えておこう"、それがワーグナー氏の立てた筋書きだった。だがパスワードを教えた直後、狙撃された。ワーグナー氏は君に執事と一緒に隠れているように言い、自分は襲撃者の相手をして拷問に耐えた。だが、金庫は奪われてしまった」

 映画の中の世界のような話だ。わたしが警察との間に密な繋がりを持っていることも、犯罪の証拠品なんてものを預けてもいいと思われるほど信頼を勝ち得ていたことも、何もかもが信じ難い。
 彼の言葉が、ふと引っかかった。

「その……ワーグナー氏は……」
「拷問をされたときに受けた傷が原因で亡くなった」

 安室さん――今の様子からすると"降谷さん"と呼んだ方が正しいのかもしれない――は淡々と答えた。
 拷問を受けたというのだから、きっと楽な死に方ではなかったのだろう。
 降谷さんは悔しさを顔いっぱいに浮かべて、ぎり、と歯噛みしていた。

「犯人の狙いは君に切り替わった」

 赤井さんが続きを引き継いだ。
 パスワードをわたしに教えてくれたワーグナー氏が亡くなった。そのパスワードを、元々ワーグナー氏しか知らなかったのだとしたら。

「……パスワードが何なのか、わたししか知らないから?」
「そうだ。だがこちらにとっても敵にとっても不運なことに、唯一パスワードを知っている君の記憶が何らかの理由で吹き飛んでしまった」
「それが……今のわたし」
「金庫が敵の手元にあるという点もいただけない。相手は重要な物を手に入れているが、こちらには何もないも同然だからな。だが現段階で、パスワードは君が忘れたことによって厳重に守られている。あとは金庫を敵から奪うだけでいい」
「作戦は公安警察と、合同捜査の許可を得たFBIで立案中だ。だが金庫を奪う以外に、もう一つやらなければならないことがある」
「パスワードの記憶を持っている千歳さんの護衛ね?」

 哀ちゃんの言葉に、二人は深く頷いた。
 でも、わたしなんかを守るより、作戦の立案に協力した方がいいのではないだろうか。確かに心強くはあるけれど、二人と、何ならコナンくんの頭脳を駆使すれば、金庫の奪還ぐらい簡単にできそうだ。
 思ったことが顔に出ていたのか、降谷さんはシワの寄った眉間を揉んで苦々しい顔をした。

「敵は君が記憶を失くしたことを知らない。万が一にでも攫われて拷問を受ければ、何も知らない君が理不尽な暴力を受けることになる。敵も今度はそう簡単に死なせるような真似はしないだろう……。それで精神に異常をきたせば、パスワードも二度と手に入らないかもしれない」
「お互いの利害の折衝もある。千歳の信頼を勝ち得ている俺と安室君が護衛につけばいいという判断でここに来たまでは良かったが……まさか君が記憶を失っているとはな」

 結局、わたしが余計な仕事を増やしてしまったのだ。記憶を失くしたばかりに。
 それどころか、二人のことを傷つけてしまっている。守ろうとした相手に警戒されるだなんて、仕事だとしても納得のいかない部分はあるだろう。プライベートでも親しい間柄だったようだから、突然知らない人にするような対応をされて、傷つかないわけがない。

「……ごめんなさい」
「千歳さん?」
「ごめんなさい……、わたしが、ここにいるから」

 ここにいていいのは、何も覚えていないわたしじゃない。彼らと接してきた記憶があって、パスワードも覚えているわたしだ。
 求められている未来のわたしの体に居座っている自分が邪魔に思われているような気がしてしまって、俯いて顔を隠した。

「バカね」

 哀ちゃんの声が聞こえたと思ったら、頭をぎゅっと抱きしめられた。哀ちゃんの細い腕で包まれて、ぽんぽんと頭を撫でられる。

「千歳さんが謝る必要なんてないの。起き抜けにたくさんの情報を与えられて、少し混乱してるのよ。水分を摂って、もう一度横になった方がいいわ」
「ボクたちも一気に話し過ぎたのが良くなかったね。ごめんね、千歳さん」

 コナンくんが水を入れたコップを渡してくれた。それを受け取って、話しているうちに渇いた喉を潤した。
 空になったコップを返して哀ちゃんに促されるままベッドに横になると、掛け布団をかけられる。

「大丈夫よ、私が絶対にあなたを傷つけさせたりしない」

 哀ちゃんは来たときから、前からそうしていたのだろう態度で接してくれていた。コナンくんはたぶん少しだけ面倒見が良くて、降谷さんと赤井さんはわたしが記憶を失くしたことを飲み込み切れていないような態度で。"いつも通り"だと言わんばかりの哀ちゃんの態度は、不思議と心を落ち着かせてくれた。
 少し休んでも大丈夫なのだと安心させてくれる哀ちゃんを信じて、そっと目を瞑る。状況に混乱する頭が"休ませろ"と訴えていたのは気のせいではなかったようで、すぐに睡魔がやってきた。

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