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宇都宮さんの"車を買わないのか"という問いに、そういう疑問が湧くのも自然かなと考える。
そこそこ稼いでいるし、米花町は大抵の施設は徒歩でも行けなくはない範囲に揃っているけれど、やっぱり車はあった方がいい。
「そろそろ買おうかと思ってるの。こうして迎えに来てもらうのも悪いしね」
「ドライブの口実になるから僕はかまわないんだけどな」
「やっぱりドライブの口実にされてた! 車替えたの見て予想はついたわ」
「はは、ごめんよ。どんなのにするか決めてるのかい?」
するりと窓の外を眺めて、ちょうどディーラーの前を通ったのでそちらを見てみる。
車の赤、それも上品な暗めの色は、とてもかっこいいと思う。デザインはセダン。
「うーん、マツダのとか? 赤いセダンがすき」
「アクセラかアテンザかな。あ、BMWも綺麗な赤にできるよ。セダンもあるよ」
どれだけBMWを推してくるんだろうこの人は。
一応と見てみるけれど、カーラインナップのページから見られる最も古そうな型でも四百万は超える。
「四百いくのはちょっと……。ってあれ待って、新しめのにすると四百どころの話じゃない」
「仕事増やそうか?」
「維持費! 維持費のこと考えて! あとわたしは車にそこまでお金かける人間じゃありません!」
「年収基準にすれば十分なのにな」
よく言われる基準だ。車を買うなら年収に収まる程度にしなさいとか、そういう。
しかしまぁ、試算はしているけれどちょっと恐れているものがある。
「宇都宮さん確定申告って知ってる? わたしは初年度だから税金がとても怖いの」
「知っているとも。会社で年末調整してもらえないし、不動産とか講演とかでいろいろ収入あるしね。顧問税理士に丸投げだよ。あぁ、結構持ってかれるんだね?」
年末調整してもらえないって、相当じゃない?
からからと笑う宇都宮さんだけれど、やっぱりこの人すごい。
そういえば初めて会った時は、光莉ちゃんを助け出すためにと半ば利用に近いかたちで巻き込まれたっけ。
今はすっかり懐かれたような感覚だ。住む場所の融通を利かせてくれたり、仕事に必要なシステムを教えてくれたり、あれこれと世話を焼いてもらっている。
ニュースや雑誌に頻繁に載るほどの大物とこうして懇意にさせてもらえるというのは、うん。人生何が起こるかわからない。異世界トリップなんてしてしまった時点でそれは十分に分かっていたつもりだったけれど。
「こう言ったらなんだけど、ほとんど口止め料で成り立ってる仕事だしね。経費って旅費交通費に書籍代、プリンターのトナーとコピー用紙とか消耗品、それぐらいだし。仕事はあなたとエドが頻繁にくれるし。クライアント増えたし」
「不自由なく生活できているなら何よりだよ」
「予定納税したい……税金一括払いこわい……」
「ははは。住民税もなかなか持ってかれるよね。ふるさと納税は?」
それはこっちにもあるのか。市町村に寄付をするとお礼品がもらえるというしくみのものだ。
手続きが面倒なので縁がないと思っていたけれど、なるほど確定申告をするならやってみるのもいいかもしれない。
「あぁ、そんなのもあったわね……」
「光莉と一緒にお礼品を見るのが楽しいんだよね」
「楽しんでるわね」
あれがいいこれがいいと、ねだる光莉ちゃんの姿は想像に難くない。宇都宮さんが喜んでそれに応じている姿も。
仕事に関して相談する際に話す予算で、彼にはわたしの経済状況は割と筒抜けだ。それを悪用されることもないから、こうして話すことができる。
相手が降谷さんだったら、まず確定申告の話なんかできなかっただろう。戸籍に関する相談記録を知っているのなら、"義務教育もまともに受けられないような環境にいたのに詳しいんですね"なんてつつかれるのが目に見えている。
対して、宇都宮さんは"おや"と思っているようすを見せることはあれど、特に何も聞かずに話を進めてくれるから、気が楽だ。
「……やっぱり宇都宮さんと話すのは気楽でいいわ」
「僕もだよ。そういえば、ここ数日忙しそうだったね、わけは聞かないけど。エドガーさんから"千歳ちゃんが疲れていると思う"って連絡がきたんだよ。少し気にかけてほしいともね」
「筒抜け。ありがたいけれどね。……今は特に、あんまり人と接触したくないし」
どこで見られているかわかったものじゃないから、気を抜けない。
この車に盗聴器でも仕掛けられていない限りは、走るこの車の中は安全だ。ドライブを口実にして迎えに来てくれたのも、ありがたいくらいだった。
「千歳ちゃんが善人だってことはわかるんだけど。面倒ごとに巻き込まれる性格なのも直した方がいいんじゃないかい?」
「一番最初に巻き込んだ当人がよく言うわね」
「だからこそだよ。こうして君に"良い縁だった"と思ってもらえるように努力しているんじゃないか」
「ふふ、そうね。エドたちが両親なら、宇都宮さんは兄ってところかしら?」
「いい設定だね。……あ、着いたよ。ちょっと待って、近くの駐車場に入ろう」
左ハンドルだとわたしが車道側に降りなければならなくなることを気にしているらしい。
お礼を言って車を降り、後部座席に置いていたドレスを取ってお店に向かった。
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