04
どれぐらいの時間、暗闇の中で蹲っていたのだろう。
時折部屋の外から聞こえてくる足音や銃声に身を震わせながら、ひたすらに息を殺していた。
すっかり静かになって、不思議に思いながら外に意識を向ける。終わったのだろうか。――そう、思ったときだった。
突然爆音が轟いて、コンテナが大きく揺れた。移動したのか、何かにぶつかったような感覚もあった。
「……?」
爆発、したのだろうか。
コンテナの扉をそうっと細く開けて、外の様子を窺う。コンテナは壁際に叩きつけられたようだった。よくよく見ると左手側はガラス張りになっている。ガラス張りの壁を長辺とした長方形の部屋で、その対面の壁にも、わたしが居る位置の体面にある短辺の壁にも、扉がない。――まさか。
小さいけれど鉄でできていて重いコンテナが、ドアを塞いでしまった?
嫌な予感がして、けれどガラス張りの壁の向こう側に人が現れたらと思うと確認にも行けなくて、どうすることもできないままコンテナの外の様子を窺う。
ガラス張りの部屋の方は、見える位置に扉があった。動く様子が見えたら、コンテナの扉の陰に身を隠せば気づかれないだろう。バーボンが来てくれたら、それが一番だけれど。
背後からちりちりと熱を感じて、嫌な予感が強まった。壁一枚隔てた向こうでは、きっと炎が燃え盛っている。その熱が、コンテナに伝わり始めている。
噛み合わない歯の根をかちかちと言わせながら、迎えを待つ。
見えていたガラスの向こう側の扉が開いて――バーボンが姿を見せた。
コンテナを見つけると、何か叫びながら近づいてきた。けれど、部屋は防音仕様になっているのか、ガラスの向こうの声が一切聞こえない。
彼が叫んでいるのなら、きっともう敵はいない。コンテナに反応したということは、ジンとも合流できているはずだ。
意を決して、コンテナから出た。
わたしの姿を見つけたバーボンが、ポケットから手帳を取り出して何かを書き込む。ガラス越しに見せられた手帳には、"コンテナを動かせるか?"と書かれていた。
試しにコンテナの端を持って、体重を後ろにかけて引っ張ってみる。コンテナはびくともしなかった。バーボンの顔を見て首を横に振ると、バーボンの表情が歪んだ。
それからガラス板を確かめると、"銃を出して"と書かれた紙を見せられる。
背中に提げた、彼が持つものと同じ拳銃を抜いて見せると、"グリップを握るとセーフティが外れて撃てるようになる。正面を向かないようにしてここを撃て"と指示された。こちら側からは多少壊しやすいものらしい。
バーボンが指差した場所に至近距離で銃口を向けて、グリップを握る。両手でようやくセーフティを外すことができて、引き金を引いた。
肩にびりびりとした衝撃が伝わって、跳弾にも驚いて目を瞑った。"斜めに撃て"と言われたのは跳弾がわたしに跳ね返ってくることを危惧してのことだったのだろう。
恐る恐る目を開けて確認すると、ガラスにうっすらとヒビが入っていた。
"もう一回"と書かれた紙を見せられて、同じようにする。
三発ほどでヒビがはっきりしたものになったけれど、それでは抜け出せない。別の場所に三発撃って、また別の場所に残りの二発を撃ったところで弾切れになった。ガラス越しに手本を見せてもらいながらブーツに仕込んでいたカートリッジに交換して、もう一発撃つ。指示されたとおりに、着弾箇所が長方形になるように十二発撃ち終えると、離れるように指示された。
バーボンは扉の方を確認すると、部屋に備えつけられていた椅子を持って振りかぶった。勢いよく振り下ろされた椅子がガラスにぶつかり、脆くなっていた部分に深いヒビが入る。何度か椅子を叩きつけると、ようやくガラス板に小さな四角い穴が開いた。
「手を!」
手を差し伸べられて、迷わずその手を取る。
腰の高さほどに作ったその穴に上半身をくぐらせると、割れたガラスで切らないように気遣いながら脚を抱えて引っ張り出してもらえた。
きつく抱きしめられて、息苦しさを覚えながらも慣れ親しんだ体温に安心感を覚える。
「もう大丈夫です。相手はジンに恨みを持っていたらしく……"勝てないなら"と建物に仕掛けていた爆弾を起爆させたようで」
「そう、だったの……」
「これで口元を押さえていてくださいね。煙を吸い込まないように」
ハンカチを渡されて、素直に頷いて受け取り、口に当てた。
手を引かれながら部屋を出て、熱に追われながらも思いの外短い道のりを歩いて外に出た。空はすっかり暗くなっている。入り口の傍に乗ってきたセダンが停まっていて、その後部座席に乗り込んだ。
ジンはわたしたちが乗り込んだことを確認すると、すぐに車を発進させる。
「証拠は消える、問題はねぇな」
「金も手に入ったし、成功ですぜ」
ウォッカはあの騒動の中、アタッシュケースを手放さずに済ませたらしい。バーボンの手伝いももちろんあったとは思うけれど。
煌々と燃える建物を窓越しに見て、溜め息を吐く。あの中では、いくつもの死体が焼かれているに違いないのだ。
バーボンは――零さんは、誰かと組んだときはいつもあの光景を目にしているのだろうか。ものを考えることを放棄してしまいたくなるような、あんな地獄を見ているのだろうか。
血に染まった指先が怪我をしていないのにじくじくと痛むような気がして、息苦しい。
罪悪感も強く感じるのに、それ以上に生き延びられたことに対する安堵感が大きい。
自分が抱える感情を上手く処理できなくて、気が遠くなりそうだ。
「まさかジンが"キティ"に怪我をさせずに済ませてくれるとは思いませんでしたよ」
「ベルモットがうるせぇんだよ。"今度仕事に使うから傷一つつけさせるな"だと」
「……それはまた。彼女に感謝しなければなりませんね」
硝煙のにおいが染みついた服に頬を寄せて、どこか遠くで話を聞いていた。
しばらく無言の時間が続いたけれど、ふとバーボンが口を開いた。
「ジン、そこの公園に停めてもらえますか? 車は明日、自分で取りに行くので」
「あぁ」
バーボンに頼まれたとおりに、ジンは車を停めた。
「仕事の報酬はいつも通りに振り込む。ソイツの分はどうする?」
「僕の口座へお願いします」
「だとよ、ウォッカ」
先に車から降りたバーボンの手を取って、外に出る。
何かを言うこともなくドアが閉められ、車はすぐに公園を出ていった。
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