03

 バーボンの体で遮られて、状況はほとんど見えない。
 けれど、二人が放った弾丸が"何"を貫いたのかは、容易く想像できてしまった。冷たい床の上に膝をついて、そして頭から倒れ込む音がした。

「バーボン……」
「大丈夫」

 ジンとウォッカは、すかさず奪い取った銃を部屋の入り口に向けて撃ち始めた。
 バーボンが体を起こして、いつでも立てるように体勢を変えられる。髪を項のあたりでお団子にまとめられて、余った毛先はパーカーの中に押し込まれ、フードを被せられた。手が震えてどうしようもなくて、バーボンの顔を見上げた。

「……!」

 感情を映さない蒼い瞳が、ソファの向こうの様子を油断なく確認していた。
 この状況では、いつ見捨てられてもおかしくはない――覚悟のうえで来たはずなのに、彼の冷たい瞳を見てしまうと、その覚悟が揺らぎそうになる。
 死ぬこと自体は、怖いけれど仕方がない。仕事を断ればあの場で殺されていたかもしれないし、そうなるぐらいなら仕事をこなして生き延びる可能性を探る方が利口だ。
 だけど、最後になるなら覚えているのは彼の優しい目が良かった。
 "バーボン"としての彼は、感情を見せないし、冷徹でさえある。揺らがない瞳が怖くて、首元のループタイに視線を落とした。

「"キティ"、立てますか」
「うん……」

 ジンとウォッカが部屋の入り口を警戒する中、バーボンは血の絨毯を歩いて倒れた人たちの銃とポーチから弾を抜いて集め始めた。ついでに銃はパーツを抜いて踏みつけ、使い物にならなくする。

「持ってろ」

 死体から奪った銃を乱暴に渡されて、慌てて抱える。
 腕にかかるずっしりとした重さに、驚きながらジンの顔を見上げた。

「予備? わたし、使えない……」
「あぁ、予備だ。てめぇに使えるとは思ってねぇよ。バーボンを手伝え。マガジンぐらいてめぇでも集められる」
「……っ」

 死体から持ち物を奪え――敵が戻ってきて回収するかもしれない、それを封じる必要があるのだということはわかる。生き延びたければ、そういうこともしなければならない。ただでさえ足手まといなのだから、これぐらいのことは手伝わなければ。そうやって手伝う作業が、どれだけ非道なものであっても。
 従わなければ、どうなるかわからない。それが怖くて、だけどためらいなくできるかと言われればそうでもなくて、恐る恐る倒れる人と人の間に右足を踏み出した。ぱちゃ、という音のおぞましい感覚に背筋が粟立つ。
 きゅっと締まる喉でどうにか息をしながら、屈んで男たちのポーチからマガジンを抜き出した。蜂の巣にされた首から上を、見ないようにして。鼻につんと刺さる臭いが鉄と血、どちらから発せられているのかなんて考えたくもない。
 集めた物をパーカーのポケットに詰めつつ、いくつかをジンとウォッカに手渡す。赤く濡れる指先にぞっとしながら、武器を奪い取った。
 二人の射撃で倒れた人数は少ない。他の構成員は、撤退して態勢を整えているのかもしれない。
 最後のマガジンをポケットに押し込むと、近くに来ていたバーボンが目の前に立った。手袋の指先を噛みながら手を引っこ抜き、脱いだ手袋のあまり汚れていない手の甲の側でわたしの手についた血を拭う。新しい手袋と交換して、汚れた手袋をズボンのポケットに押し込みながら、二人に回収が終わったことを伝えていた。

「出入口は塞がれてると思っていい。挟み撃ちも避けてぇ、一人残らずだ」
「了解です、アニキ」

 ポケットに詰め込んだのは、人を殺せる弾丸の塊だ。ジンが"寄越せ"と言ったら渡す物。ジンが弾切れをしたら皆殺しにされる。生き延びるために、人殺しの手助けをする。
 震える手を握り締めて、血の絨毯から抜け出した。

「ジンの背中を追ってください。後ろはウォッカが見ていてくれますから」

 バーボンに言われて、前を歩くジンの後をついていく。
 何が楽しいのか、ジンは鼻歌でも歌い出しそうな軽快な足取りだ。
 前方から人の足音が聞こえてそちらを見ると、ジンに腕を掴まれて曲がり角に引き摺り込まれた。
 バーボンはウォッカに促されて少し後ろの反対側の角へと走っていく。

「あ――」

 ――行かないで。手を伸ばしても言葉は音にならないまま。首根っこを掴まれて後ろに倒された。
 尻餅をついてその痛みに顔を顰めていると、ジンが角から飛び出してきた敵を撃ち殺した。しばらく様子を見ると、行き止まりだったその廊下の脇にある扉を開ける。
 腕を掴んで無理矢理立たされ、部屋の中へ入れられた。
 壁に背を押しつけられ顎を掴まれて、ジンと視線を合わせられる。ぎらついた目で見られて、背筋にぞくりと冷たいものが奔った。

「手首から先を消し飛ばされてぇのか」
「……!」

 ジンがわたしを転ばせてでも廊下に引っ張ったのは、わたしがバーボンに向けて伸ばした手を撃たれかねなかったから。
 今更その意味を理解して、血の気が引く感覚がした。

「……ごめんなさい」
「チッ」

 降ってきた舌打ちに、肩をびくつかせてしまう。
 ジンは部屋を見回すと、人が入れる程度の大きさのコンテナを見つけてわたしをそこに入れた。
 わたしが抱えていた銃を担いで、パーカーのポケットからマガジンを抜いて自分のコートのポケットに入れながら、鋭い目でわたしを見下ろす。

「上に物を載せてカモフラージュしておく。空気はこの隙間から取り込める、絶対に出るな」
「……っ」
「てめぇを連れ歩いても邪魔でしかねぇ。"掃除"が終わればバーボンが来るだろうよ」

 動き方をわかっているバーボンと違って、わたしがいても役に立たない。
 至極当然の言葉で、――見捨てるだけの理由がある指摘で。
 何も言えずにいると、ジンはコンテナの扉を細く開けて、その周りを段ボール箱で誤魔化し始めた。
 膝を抱えて座り、暗闇の中で周囲の物音に耳を澄ませる。物を動かす音がしばらく聞こえたけれど、それがなくなると足音が遠ざかって、最後には部屋のドアが閉められる音がした。
 この部屋の前の廊下は行き止まりで、あの角に死体があれば敵は違う場所へ移動したと勘違いしてくれるはずだ。"いない"という前提でこの部屋をチェックしたとすれば、甘くもなるはずだというのも理解できる。
 ジンの後をついて歩くよりは、確かに安全かもしれない。
 でも迎えが来なかったら? バーボンがわたしを迎えに来たとして、ジンとウォッカが先に車で帰ってしまったら? 戻るのも面倒だと、見捨てられてしまったら? ――敵に見つからないという保証もないのに。
 暗闇の中は気が滅入って、悪いことばかり想像してしまう。
 それでも少しでも長く息を続けるために息を殺すことしかできなくて、不安に押し潰されそうな時間を過ごした。

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