03

 スーツから調達した服に替えた風見を実家に送り出し、降谷さんたちが念のためにと持ってきていた無線の通信器で会話を聞かせてもらった。
 さすがは公安警察官と言うべきか、風見は生真面目そうな見た目を活かし、さらさらと嘘をついて両親の信用を得ていた。
 わたしが"両親がそういったことに疎いから"と気にしていたことにして、状況を聞き出していく。かつてのわたしの部屋に引き上げてきた荷物を置いたまま、手をつけられていないらしい。
 風見は証券を入れていたファイルの特徴を伝えて、出してきてもらったそのファイルの中を確認してくれた。
 これで少しは、両親の気も楽になるだろう。風見が無事に実家から出たのでほっと溜息をつくと、降谷さんから気遣うような視線を向けられた。

「いいんだな?」
「うん、もういいの」

 不思議と心は穏やかだった。風見に頻りにお礼を言う両親の声が、悲しみを帯びながらも安堵に染まっていたから。
 もう半年近くが経った。両親はわたしの死を受け入れ始めている様子だった。帰れば喜んでくれるかもしれないけれど、その後の苦労を思うとどうしてもその選択ができなかった。
 戻ってきた風見にお礼を言って、すぐに東京に戻った。人目につかないように過ごして、もう一度あちら側へ行くための電車に乗り込んだ。
 夕方の電車だったから、人が多い。怪しまれることもなく降谷さんと風見に触れたまま、また米花駅到着のアナウンスを聞いた。
 電車を降りるなり、風見は先に改札へと歩いていく。降谷さんはわたしのキャリーバッグを持ってゆったりとした歩調で先導してくれた。時刻は夜の七時、帰宅ラッシュの時間帯だ。
 結局、降谷さんは移動のときにはずっと手を握ってくれていた。改札を抜けると振り返ってにこりと笑いかけてくる。

「お部屋まで送りますよ」
「え? でも近いし……」
「送ります」

 有無を言わせない念押しをされた上、キャリーバッグは返してもらえていない。
 折れるしかなさそうだと苦笑して、"じゃあお願いします"と返した。
 マンションまでの道のりは無言のまま。けれどそれが重苦しい沈黙というわけでもない。だというのに、一人にして欲しいような気もしている。少し前を歩く広い背中を見て、小さな溜め息を吐いた。
 部屋に着くと、降谷さんはキャリーバッグにわたしがキャスター用のカバーとして使っている椅子脚カバーをかけて、寝室まで運んでくれた。何から何までやってもらってしまって申し訳ない。

「あの……ありがとう」

 寝室の入り口で声をかけると、降谷さんは目を細めて微笑んだ。

「無理を言ったからな。だが穂純さんの言葉が真実だと、俺と風見が身をもって理解した。信じていないわけじゃなかったんだが……体感すると、違うな」
「……それは、そうでしょうけど」

 歯切れの悪い返事になってしまう。
 それを見た降谷さんはくすりと笑って、わたしの顔を覗き込んできた。

「"どういうつもりで居座っているのか"……聞きたそうだな」
「……!」

 図星を突かれて、言葉を返せなかった。
 荷物を持ってもらって送ってもらった手前、"用が済んだのでさようなら"と追い返すわけにもいかないし、そもそも降谷さん相手にそんなことをする気はない。
 けれど礼儀とは別に感情は言うことを聞いてくれなくて、"一人になりたい"と強く思ってしまっていた。
 降谷さんは眉を下げた。まるで聞き分けの悪い、でも大切な子どもに向けるような優しい微笑みだった。

「君が一人で泣きそうな顔をしているから」

 降谷さんの言葉で、一人になりたい理由がはっきりとわかった。
 わたしは、泣きたかったのだ。
 雫が頬を伝って、胸の前で握っていた手に落ちた。
 慌てて洗面所に駆け込み、ドアを閉める。ドアの向こうからは静かな足音が聞こえてきた。

「顔を見られたくないならそれでもいいさ。だが、俺がここにいることは許してほしい」

 涙は止めようと思っても止まらない。
 ドアを背にずるずると座り込んで、手近にあったタオルで落ちる涙を受け止めた。
 本当は両親に会いたかった。会って、生きていることを伝えたかった。"ただいま"を言いたかった。わたしの"死"を受け入れ始めた両親の声を聞くことが、苦しかった。

「会いたかったの……本当は、"死んだ"なんて決めつけられたくなかった……」
「あぁ」
「でももう、あっちでは生きづらくなってた……!」
「……あぁ」

 わたしがいないことが"普通"になってしまった場所に帰ることも、苦しかった。
 いくつもの苦しさから逃げ出したくて、結局は全部投げ捨てた。
 降谷さんが知恵を貸してくれるとしても、もう帰る気にはなれそうもない。

「ここにいればいい。君は自分の力で真っ当な身分を手に入れたんだ。一人で生きていけるだけの力もある。後のことを考えた君は賢明だった。誰も、穂純さんを責めない」

 どうしてこんなにも欲しい言葉ばかりくれるのだろう。
 降谷さんの前では泣いてばかりだ。
 少しでも強くありたいのに、上手くできない。
 泣くことも感情を口にすることも許してくれるから、ついそれに甘えてしまう。

「降谷さん……」
「どうした?」
「……わたしのこと、必要としていてね」
「あぁ。頼まれなくても、穂純さんが必要だ」

 泣いてすっきりした。
 行き場のない感情の出口が欲しかっただけ。結局は、タオルに吸い取ってもらえばそれで終わり。
 いつからこんなに薄情になったんだろう、と考える。

「……うん」

 洗面所の明かりを見上げながら、大事な物を失った喪失感に蓋をした。


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リクエスト内容:ドッキリ?
物は試しで降谷・風見・夢主が電車に乗ったら夢主の世界へ行ってしまう


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