05

 確信を持っているくせに、わたしに答えを言わせる気でいる。辻褄が合う推理を組み立てられたのなら、それで納得して離れていってくれればいいのに。

「……答えない。それでいいって、あなたが言ったのよ」

 赤井さんはすっと目を細めた。"往生際が悪い"と怒ってくれればいい。真摯に向き合った結果がこれなのだから、怒ったっておかしくないはずだ。
 答えようが答えまいが、わたしの状況が好転することなんてない。"いいえ"と言えば、"正しい真実"をつくりあげなければならなくなる。"はい"と言えば、どこまで知っているのかを問い詰められるはずだ。

「言ったでしょう。わたし、面倒事は嫌いなの」

 突き放すように言葉を続けると、赤井さんは仕方のない子どもを見るかのような優しい苦笑を浮かべた。

「それでは"イエス"と言っているのと同じことだ。"ノー"と言って俺の推理を白紙に戻せばそれで済んだことだというのに――意地っ張りだな、君は」
「……!」

 彼は逃げ道を残してくれていたのに、それに気がつけなかった。
 "いいえ"と答えて、それ以上の問答に応じなければよかった――簡単なことにすら、思考が及ばない。
 顎に添えられていた指の背が、するりと頬を撫でた。胸の前できつく握り締めていた手をほどかれて、そっと持ち上げられる。
 指先に唇を寄せられて、どきりと心臓が跳ねるような心地がした。

「君を追い詰めるようなことはしないと約束しよう。意地を張るのをやめて俺を頼ってくれないか」

 彼がどうしてここまでわたしを気にするのかわからない。
 わたしの反応が彼の推理の正しさを後押ししてしまっているのなら、もうそういう前提で話を続けるしかない。

「……何が目的? 少なくとも、わたしはあなたが知っている以上のことは知らないわ」
「宮野明美の死のこともか」
「なるほど。それが知りたかったのね」

 彼女の死について、赤井さんは詳細に知らなかったはずだ。調べて書類に記載されたことは知っていたとしても、それ以上はわからない。最後のメールを読み返すほど大切に思っていたというのなら、知りたいというのも頷ける。
 けれど赤井さんは眉を寄せて、首を横に振った。

「こう言わなければ、君は納得してくれないだろう。彼女のことを忘れたことはない……だが、君を蔑ろにするつもりもない。それだけはわかってくれ」
「だったらもう放っておいて。答えは"イエス"、これであなたの好奇心は満たされたはずよ。あなたが潜入していた組織に関わるつもりもない。それでもまだご不満?」
「あぁ不満だとも、まだ君に頼られていない。君の経歴に対する好奇心は満たされたが、下心は燻ったままだ」
「な……っ」

 あまりにも直球な言葉に、絶句してしまう。

「秘密を暴けば心を開いてくれるかもしれないと考えていたが……君はなかなか手強いな」

 彼にそんな思惑があっただなんて、気がつかなかった。
 けれど安易に頼ってしまうわけにもいかない。
 一度頼れば――きっと頼りきりになってしまう。彼に負担を強いることはしたくない。
 赤井さんはくすりと笑って、隣に腰を下ろした。頭の天辺から後頭部をするりと撫でられて、髪に触れられても不快に思わない自分に驚いてしまう。
 俯いて、彼がいるのとは反対の方へと視線を逸らした。

「……やめて。誰にも頼れなくていいの……」
「"頼れない"、か。そうしたいのにできない、そういうことだろう」
「っ、もう黙って!」

 無意識に選んでしまう言葉に隠れた本心を見透かされて、思わず声を荒げてしまった。

「君が素直になるならな」

 わたしばかりが感情的になって、彼は冷静で。
 分が悪い。わかっている、この場から逃げればいいんだって。それなのに――信じ難い結論を"正しい"と信じてくれる彼に、縋ってしまいたくて仕方がない。

「素直に"寂しい"と言えばいい。帰る方法を探るのも手伝おう。君は俺を利用すればいいんだ……簡単な話だろう?」

 "わたしは彼を利用するだけ"――そう自分に言い聞かせていれば、いいのだろうか。
 寂しいのも事実で、帰る方法がいくら考えてもわからないのも事実で。誰にも頼れないから、口を閉ざして、当てになるかもわからない持ち物を眺める外なかった。
 それを、終わりにしてもいい。魅力的な悪魔の囁きだ。でも、彼には何のメリットもない。

「あなた、バカなの……?」

 震える声で吐いた悪態に、赤井さんは気を悪くする様子もない。

「馬鹿で構わんさ。強がっている君の内面を暴いてみたくなった……あぁ、俺の好奇心はまだ満たされていないな。君が満たしてくれないか?」

 その言葉に、思わず笑ってしまった。

「……本当、ずるいひと」

 後頭部に触れる手に頭を押しつけると、そっと撫でられた。大きな手には安心感を覚える。
 赤井さんの顔へと視線を向けると、柔らかく緩められた視線が降ってきた。

「さみしかった……」
「あぁ」
「こんなこと、誰にも話せないし……帰る方法も、何かあるはずなのに考えてもわからないし……そのまま、四ヶ月も経っちゃった」
「……あぁ」
「本当に……信じてもいいの? こんな話、あなたは本当に信じるの?」
「できる限りの検証はした。俺が出した答えは、"すべての不可能を消去して、最後に残ったもの"だった。信じる以外の選択肢がない」

 記憶にもある、コナンくんが倣っているホームズの言葉だ。
 どんなに非科学的で、信じ難くても――それ以外がないのなら、それが真実でしかない。

「君も俺を信じてくれ。それだけでいい」
「……わかった。それならわたしも……あなたの誠意に応えるわ」

 彼の家族構成、FBIに入った目的。本来ならわたしが知り得ないはずの彼の情報を口にすると、赤井さんはただ優しく笑って"ありがとう"と言ってくれた。
 わたしの性格は、わたしが一番よくわかっている。好意を向けてくれて、甘えさせてくれる優しい人を、きっともう蔑ろにできない。いつか帰るのならそれが後々辛くなることをわかっているのに――髪を撫でる手を、優しい声で打ってくれる相槌を、惜しく思ってしまっている。
 本当に……ずるいひとだ。これから襲いかかってくるだろう葛藤もすべて受け止めてくれると信じられるからこそ、余計にそう思う。
 けれど知らず知らずのうちに弱りきってしまった心は、後から辛くなることをわかっていても彼の優しさを突っぱねるという決断を下すことができなかった。


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リクエスト内容:甘め
連載IFで協力依頼をしにきたのが赤井orFBIだったら


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