23

 安室さんに連れられて、エドたちが匿われているバンにやってきた。
 外で待機していた風見さんに迎え入れられて、車に乗り込む。
 すぐさま、涙ぐんだヘレナに抱きしめられた。

≪チトセ! あぁよかった、心配したのよ……!≫
≪大丈夫よヘレナ、言ったでしょう? 警察官が一緒なんだから心配いらないって≫
≪それでもよ。……本当に良かったわ≫

 エドは招待客に謝罪と事情の説明をするらしく、安室さんに付き添われて会場に戻っていった。
 英語で話すのであれば、安室さんにだって通訳はできる。
 休んでいていいという二人の気遣いは、とてもありがたかった。
 捜査官の一人が気を遣って、温かいミルクティーを買ってきてくれた。空調の効いていない外やエンジンのかかっていない車の中は少し肌寒い。
 甘いミルクティーは、波立つ心を落ち着かせてくれた。
 温かいうちにもらったミルクティーを飲み終えてから、ヘレナに寄り添われてうとうとしているうちに、事情説明や招待客の見送りはすっかり済んだらしい。

「穂純さん、家まで送ります。歩けますか?」

 安室さんに話しかけられて、ようやくそれを理解した。
 落としてしまった手荷物も返してもらえた。
 エドたちはこのままバンでホテルまで護送されるというので、今夜のところはお別れだ。
 "おやすみ"と挨拶をかわしてバンを降り、走り去る車を見送る。
 徐に、安室さんがジャケットを脱いだ。

「汗臭かったら申し訳ないですが……とりあえず、これを羽織っていてください。夜風は冷えますから」
「……ありがとう」

 肩にかけられたジャケットの袷を握り、夜風を遮る。
 あれだけ怖い目に遭ったのに、ひとつも怪我はしていない。
 彼らが優秀なのだと言わざるを得なかった。

「安室君、アンタの荷物回収してきたけど」
「あぁ、ありがとうございます」

 潜入していた女性捜査官が、スーツケースを持って近づいてきた。
 安室さんはそれを受け取って、車のキーを取り出す。
 その際に右手に赤い線が走っているのが見えて、目を瞬いた。
 敵に発砲されたのは、狙撃された一度きり。安室さんは、わたしの体を引いてその銃弾から守ってくれた。
 きっとあのとき、銃弾が手の甲を掠めたのだ。
 警察官だから体を張って守ってくれるのは当然のこと。疑っているのに守ってくれただけ、よしと思えばいい。そう、思うのに。彼の怪我が自分を守るために負ったものだと思うと、胸がざわついた。

「穂純さん、私が送ってこようか? 車借りることになるけどさ」
「あなたに愛車を預けるのはとてつもなく不安です。僕が送ります」
「可愛げのない! あんまり追い詰めんなよ? アンタのわがままに付き合ってやったんだから」
「わかってますよ」

 よくわからない会話がされたけれど、精神的に疲弊して考える気にもなれなかった。
 "行きましょう"と促されて、会釈をしてからゆっくり歩く安室さんの後を追いかける。
 招待客が全員帰ったため、駐車場にぽつんと取り残されていたRX-7に乗り込む。
 安室さんはわたしがシートベルトを締めたことを確認して、ゆっくりと車を発進させた。

「……何も聞かないのね? 今なら疲れで何も考えずに答えてしまいそうなのに」
「適当に答えるだけなら考えなくてもいいでしょう。僕はあなたの適当な言葉を聞きたいわけじゃない」
「そう。……その怪我、何もしなくて平気なの?」
「あぁ、見えていましたか。あなたを家まで送り届けたら、きちんと処置をしますよ」

 何でもないことのように言うから、胸のざわつきが戻ってきた。
 窓の外から、膝の上に置いた手に視線を落とした。

「……ごめんなさい。自分が狙われる可能性を思い浮かべておきながら――」
「なぜ謝るんですか」
「なぜ、って……、あなたの怪我は……」
「これは、我々が敵の真の狙いに気づくのが遅れたが故の傷です。撃たれたのが僕の手で、いえ、あなたじゃなくて、良かったんですよ。……良かったんです」

 気にする必要はない、そう心から思ってくれているのがわかる言い方だった。
 思わず顔を見ると、その顔はすっかり"安室さん"で。

「あなたの秘密は気になりますが、それはまた今度。疲れているんでしょう? あなたの家まではまだ時間がありますし、寝ていてください」

 安室さんはそれっきり、口を閉じた。
 疲れて眠いのは事実だし、お言葉に甘えさせてもらうことにする。

「……そうするわ」

 目を伏せると、無理矢理よそに追いやっていた眠気が一気に襲い掛かってきた。

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