01

「バーボン。ちょっとおつかいをお願いしてもいいかしら」

 "赤井の件はアナタのワガママに付き合ってあげたんだから"、そんな声が聞こえてきそうな表情で、ベルモットが話しかけてきた。

「はぁ……何ですか」
「これよ」

 ぺら、と見せられたのは百貨店のチラシ。きらきらとした文字で綴られているのは、"コスメフェア"という言葉。プチプラからデパコスまで、各ブランドが限定コスメを揃えてお待ちしております、と書かれている。ついでに"おつかい"の目的の品が書かれたメモ用紙も渡された。高級ブランド品ばかりだ。色の番号まで指定してくれているのはありがたいが――いやそうじゃない。

「……これらを僕に買ってこいと?」
「その期間、私は海外に飛ぶのよ」
「あまり目立ちたくないんですが。その仕事代わりましょうか?」
「残念ながら、変装が必要な仕事なの。"恋人に頼まれて買いにきた"って言ってもアナタの顔なら通じるわよ。目立ちたくないのなら、可愛い"キティ"を連れて行けばいいじゃない。デートしてるようにしか見えないわ」

 なるほど、仕事の代理が立てられずイベントに行けないから"おつかい"を頼もうと考えたが、変に目立たずに行ける適任者が"バーボン"以外に身近にいなかった、と。キールにでも頼めばいいはずだと反抗してみたが、キールも仕事があるのだと突っぱねられた。
 確かに千歳を連れて行けば、ジンやウォッカが行くよりは目立たないかもしれない。

「代金は事前に渡しておくわ。余った分であの子に何か買ってあげなさい」
「断られるとは思っていないんですか」
「今に断れなくなるわよ」

 紫色に彩られた唇が、怪しく弧を描く。
 ベルモットの手にはスマホが握られていて、彼女はそれを耳に当てた。
 ご丁寧にスピーカーフォンに設定されたスマホから、千歳の声が聞こえてきた。

『……ベルモット?』
「ハァイ、"キティ"。久し振りね」
『え、えぇ……。珍しいわね、あなたが電話をかけてくるなんて』
「フフ、そんなに身構えなくても悪い話じゃないわ」

 ベルモットは千歳にイベントのことを調べさせ、"興味はある?"と確認した。
 初めは訝しげに聞いていた千歳だが、ベルモットが"バーボンを連れて行ってあげて欲しいのよ"と電話をした目的を話す頃には、声を弾ませて相槌を打っていた。
 やられた。俺が頷かないのなら、先に千歳に頷かせようという魂胆だったのだ。

『でも、バーボンが嫌がるならわたし一人で行けるわよ? さすがに全部は無理かもしれないけれど……。わたしはそこまで欲しいものがあるわけでもないし』
「ですって、バーボン」
「行きますよ。行けばいいんでしょう」

 あそこまで興味津々になっておいて、欲しい物がないわけがない。今回はベルモットの欲しい物を入手してくればいいのだから、そう危険なことにもならないはずだ。一瞬のうちに思考を回し、"断る"という選択肢を排除していた。
 千歳に極端に甘いことも見抜いたうえで誘導されてしまった。
 通話を終えると、ベルモットは蠱惑的に微笑んだ。

「断れなくなっちゃったわね? バーボン」
「えぇ、してやられました。"キティを連れて行くついで"です。善処はしますが、全部が手に入らなくても文句は言わないでくださいよ」
「リストの上から優先してくれればいいわ。頼んだわよ」

 現金が入った封筒を渡された。断られることがないように段取りをしたうえで、接触を減らせるように周到に準備もされていた。
 何とも言えない思いで折り目のない白い封筒を見下ろしていると、ベルモットは"女は限定品に弱いのよ"と笑って立ち去った。


********************


 千歳に相談した結果、千歳が欲しい物はベルモットのおつかいついでに買えそうな場所にあるので、できるだけ協力してもらえることになった。
 "組織の人間に恩を売るため"という名目で千歳とデートができるというのにこれだ。

「……零さん?」

 微妙な顔をしているのに気がついたのだろう。イベントマップを見てふんふんと鼻歌を歌いながらルートを決めていた千歳は、不思議そうに名前を呼んできた。

「あ、あぁ……悪い」
「ベルモット、もしかして"全部手に入れてきて"とか言ってたの? 日を分けるとかしないと、ちょっと無理だと思うけど…」
「いや、無理に全部とは言われていない。ただ、千歳も興味があるんだろう? おつかいで潰してしまうのはどうかと思ってな」

 千歳は合点がいったようで、ゆるりと首を横に振った。

「わたしは限定品にこだわりはないから、ベルモットのおつかいが終わったらゆっくり見て回ろうと思って。零さん付き合ってくれる?」
「あぁ、もちろん」

 家にいるときと外出するときで印象を変えるために、メイクに力を入れていることは知っている。好きだからこそ、こうした買い物には浮かれてくれるのだということも。
 こちらの用事に付き合わせてしまうし、ベルモットのおつかいのために別行動をとる時間があるとはいえ、せっかく一緒にいられるのだから甘やかしてやりたい。
 千歳が気に入っているブランドにチェックを入れながら、いかにベルモットの欲しがっている物を効率よく購入していくかを考えて無駄に頭を回した。

「零さんは」
「ん?」
「メイクで顔変えてもあんまり気にしないよね」

 発言の意図がわからず、隣に座る千歳の横顔を見ると、少しばかりしょんぼりして見えた。
 これは、"変化に気づいてもらえていない"と思っているのか。
 ベルモットが暇潰しにあれこれ話してくるせいで、それなりに知識はあった。些細な変化に気がつく観察力にも自信がある。
 印象を変えても何も言わないことに喜んでいるのかと思ったが、そういうことなら伝えてみようかと考えた。

「っ、あの、ごめんなさい、今のは……」

 千歳ははっとした様子で"忘れて"と言おうとした。
 すかさず頬に手を伸ばし、こちらを向かせる。

「今日は家にいるから、柔らかくて可愛いピンクが中心だな。アイライナーもピンクの混じったブラウンで、垂れ目がちだ。唇は艶は控えめだが、潤って見えるように気を遣っているな」
「え……」

 基本的にはローズピンクが大好きで、その中で雰囲気を変えている。
 寝不足で目が腫れぼったく見える日は、寒色系のアイライナーで引き締めて見せている。
 通訳者として外に出るときは、濃い色を使いつつ仕事の内容に合わせてパールやラメで華やかさを足している。バーに出かけるときは、濡れた感じや艶を多く乗せて色気を出している。遠出をしたり家にいたりして印象を変える必要がないときは、今日のように柔らかいピンクで可愛らしく飾っている。
 ぽつぽつと気づいていたことを口にしていくと、千歳は目に見えて顔を真っ赤にして目を泳がせ始めた。

「可愛くいようとしていることはわかってるさ。……特に、俺とデートするときは気合を入れてくれているだろう?」

 素顔が嫌いなわけじゃない。見せてくれることに千歳からの信頼を感じて嬉しいとさえ思う。
 ただ、デートの日は特に俺のことを考えて鏡と向き合っているのだと考えると、余計に嬉しく思うのだ。
 千歳は羞恥心が限界を迎えたのか、俺の手を握って額をつけることで顔を隠そうとした。

「つい唇に目がいって、キスしたくなるんだ」

 びく、と千歳の肩が跳ねた。かと思うと、額から手を離しておそるおそるといった様子で見上げてくる。

「……キス、する?」

 遠慮がちに引き止められる手。母音のせいでキスを待っているかのように見える表情。
 ……反則だろう。
 誘われるがままに唇に吸いついて、その柔らかさを堪能する。せっかく飾ってくれたのにそれを剥がしてしまうのだから、化粧も服と同じなのだろう。
 受け入れてくれることを免罪符にキスを繰り返して、可愛らしく彩られた瞼を見下ろし目を細めた。

[BACK/MENU/NEXT]
[しおり]

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -