01

※組織崩壊後/天葬シリーズ内で赤井ルート突入If


「浮かない顔をしてるな」

 翻訳したデータを受け取りに家に来た降谷さんが唐突に口にした言葉に、思わず肩を跳ねさせてしまった。

「……どうしたの、突然」
「最近元気がないみたいだったから、どうかしたのかと思って」

 軽い調子で言うけれど、目を合わせると心配の色が窺える。
 深刻なものでなくても聞けるように、敢えて茶化すような態度にしてくれているのだろう。
 確かに、気が滅入ることはある。

「面白い話じゃないと思うけど」
「悩んでるんだろ? 面白がって聞くような話じゃない。端から面白さなんて求めてないさ」

 降谷さんは柔らかく笑んで、徐に靴を脱いで上がってきた。
 落ち着いて話を聞いてくれる気なのだろう。
 そこまで真剣に応じてもらうほどの相談でもないと自覚はしているけれど、何となく誰かに聞いてほしいのも事実だった。
 コーヒーと紅茶を淹れて、ソファに座る降谷さんの前にコーヒーを置く。

「……本当に、気の抜けるような話だから」
「あぁ」

 カップの中で揺れる赤茶色の水面を眺めながら、少しの間ためらった。
 降谷さんは急かすこともせず、ただ待ってくれる。

「最近ね、その……秀一さんと、連絡が取れてなくて」
「心配か?」
「"忙しくなる"って連絡はもらってたから、食事と睡眠はちゃんととれてるのかとか、そういう心配はあるんだけど……、そうじゃなくて。連絡に、一言も返ってこないとそれはそれで辛いものがあるなー、なんて……。前はまめに返事くれたから、余計に」
「……へぇ」

 相槌を打つ降谷さんの声が低くなった。
 やっぱりつまらない話だったよね、うん。
 口にして改めて"なんてくだらない悩みを聞かせてしまったんだろう"と後悔しながら、紅茶に砂糖とミルクを入れて掻き混ぜた。

「……付き合って半年。まぁ、そういう時期ではあるか」
「?」

 ぽつりと落とされた言葉に首を傾げる。"そういう時期"?

「言葉くらいは聞いたことがあると思う。倦怠期なんじゃないか」
「……なるほど」

 降谷さんとはそれほど長い期間交際をしていなかったから、単にそういう期間が訪れなかっただけなのかもしれない。
 飽きや慣れがくるような状況でもなかった、というのもあるかもしれないけれど。

「最近は連絡してるのか?」
「……前にメールしたのが三週間前、で……こっちから一方的に送るのも申し訳なくて、それきり」
「なるほど。……遠距離恋愛をしているときに倦怠期に入ると、お互いに監視の目はない状況で、新鮮な恋を求めて浮気に走りやすいらしい」

 降谷さんの言葉に、息を詰まらせた。
 雑誌でそういう傾向があるという話は読んだことがある。でも、秀一さんが?

「一度押しかけてみたらどうだ? 浮気現場を目撃したなら、すぐに戻ってきて俺とヨリを戻せばいい。しばらくは辛いかもしれないが、忘れるぐらい甘やかしてやれると思う」
「浮気してること前提!? からかわないでちょうだい……」
「本気だ。人が散々苦しんだ末に身を引いてやったのに、あの男は……」

 あぁ、降谷さんの機嫌が悪いのは秀一さんに対してか。
 彼の姿を思い浮かべてか眉間にシワを寄せる顔を見て、ついほっとしてしまった。
 誰にも相談せずにいたけれど、一人で悩んでいるのも気が滅入って仕方がなかったから。

「でも、仕事で忙しいって言われてるのに押しかけるなんて……」
「それも嘘かもしれない。アメリカに旅行しに行って、ついでに赤井に会うぐらいの素振りで行けばいいんだ。通訳の仕事の予定は?」
「明日、商談が一件あって……あとは翻訳だけだけど」
「夫人に相談してみよう」
「えっ」

 話が大きくなっている気がする。降谷さんはヘレナの連絡先を知っているのか、時差だけ確認して自分のスマホで電話をかけてしまった。
 ヘレナは一目置いている降谷さんからの連絡とあってか、弾んだ声で電話を取った。それからわたしがアメリカに旅行に行きたがっていること、けれどアメリカと日本の文化や治安の違いに対応できるか降谷さんが心配していることを聞くと、"すぐにエドに相談するわね"と行動に出てしまった。
 肝心なことは何も伝えずに、上手く段取りをしてもらえそうな状態だ。さすがだなぁ、と降谷さんの顔をぼんやりと眺める。
 結局、アメリカ支社の腕が立つ社員を格安で旅行のお供につけてもらえることになった。確かに安心だけれど、そもそもわたしは"行く"なんて一言も言ってないのに。

「こうでもしないと、あれこれ理由をつけて行かないだろ? 穂純さんは」

 それはまぁ、確かに。返答に困った。

「……どうしてそこまで協力的になってくれるの?」

 さっきみたいに、ヨリを戻さないかと本気にも冗談にも聞こえる調子で持ちかけてくることはたびたびある。
 応えないことに罪悪感を覚えさせるわけでもない態度に加えて、秀一さんと何かあると積極的に手助けしてくれようとする。
 不可解に思っていることが伝わったのだろう。降谷さんは眉を下げて困ったように、けれど嬉しそうに笑った。

「本気で好きなんだ。だから、君が幸せになるために協力を惜しむ気はない。それだけだ」

 心からの言葉だと信じられる。本当に、優しい人に好きになってもらえたのだと改めて思う。
 一番つらいときに寄り添ってくれた秀一さんを選んだ今となっては、彼との恋は大切な思い出だ。でも、風化することもない。

「……降谷さんがそこまでしてくれるのなら、わたしもがんばってみる」
「あぁ」

 意気込むわたしを見る降谷さんの目は甘くて優しい。
 アメリカに行ってみようかと考えたことがなかったわけじゃない。でも、勇気が出なかった。
 突然会いに行って迷惑がられたらどうしようだとか、表面上は何とも思っていなさそうでも、後々不満を爆発させる起爆剤になってしまうかもしれないだとか、怖気づく理由が次々と湧いて出てきてしまったから。
 背を押してくれた降谷さんにお礼を言うと、"良い報告を待っている"と上司めいた言葉で軽く圧をかけられた。

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