04

 阿笠邸に戻って玄関の扉をくぐると、きゃらきゃらと騒ぐ子どもたちの声が聞こえてきた。
 事件に飛びついていく性格の子たちに進んで近づきたくはないけれど、その心配がないなら別だ。
 生チョコタルトのお礼を言われて、皆で持ち寄ったというチョコレート菓子を少しずつ分けてもらった。
 博士が作成したチョコファウンテンも、問題なく動いているようだ。チョコレートとマシュマロの組み合わせは最高だと思う。
 楽しい時間はあっという間だった。日が暮れる前にと歩美ちゃん、光彦くん、元太くんが帰り、あとには博士と哀ちゃん、コナンくんが残る。
 帰り際、哀ちゃんに呼び止められた。

「千歳さん、博士から聞いたわ。チョコスコーン、ありがとう」
「どういたしまして」
「あとは本命よね? がんばって」

 哀ちゃんが浮かべたのは、少しだけ意地の悪さを窺える笑みだった。
 だけどそれは単なる嫌がらせなんかではないことがわかる。
 証拠にその声は、とても優しいのだ。

「……えぇ」

 後片付けはいいと言う博士と哀ちゃんの言葉に甘えて、コナンくんと連れ立ってポアロまでの道を歩いた。
 途中でチョコスコーンを渡すと、コナンくんは嬉しそうに笑ってランドセルに仕舞い込んだ。

「千歳さん、安室さんにも渡すの?」
「……うん」

 風見に手作りでも大丈夫だとお墨付きをもらった。赤井さんに背を押された。
 もう、手作りのものを渡すしかないと思っている。

「そっか!」

 コナンくんも、わたしのことをよくわかった上で無邪気に、うれしそうに笑う。
 わたしと零さんが薄氷の上を歩くように危ない状態にいることは、彼もよく知っているからだ。
 だからといって、賭けの対象にはしないでほしいのだけれど。
 特に問い詰めることもせず、最近困っていることはないかと聞かれてちょっぴり仕事の愚痴をこぼした。
 コナンくんには嫌なことを隠すより、素直に感情を吐露した方が安心してもらえるらしいと、わかっているから。
 ポアロに着くと、限定バレンタインメニュー、と可愛らしく赤やピンクのハートで囲われた文字の目立つ張り紙がされていた。
 中はいつもよりお客さんが多い。その理由は、すぐにわかった。配膳のとき、会計のとき、あらゆるタイミングで透さんに可愛らしいラッピングの施された贈り物を渡す女性たちが見えたから。
 透さんはそのどれもを困ったような笑顔で遠慮して、頑なに受け取らず、断っているようだった。無理もない、食べられるわけがなくて、捨てるしかないのだから。
 店を出てきた女性も、たったいま断られた女の子も、一様にしょんぼりしている。

「千歳さん、大丈夫? 時間さえ大丈夫なら、上で閉店まで待ってる? 今日はおじさんも蘭姉ちゃんも遅いから」
「! ……あ、えっと」

 いつの間にか足を止めてしまっていたらしい。
 気遣わしげな顔のコナンくんに手を引っ張られて、はっとした。

「……夕飯、食べておきたいから。コナンくんは?」
「実は、蘭姉ちゃんが遅くなるのは元々わかってたんだけど、おじさんのは急でごはんの用意がないんだ」
「じゃあ一緒に食べよっか。ここはお姉さんが持ちましょう」
「わーい! ……なんて喜ぶ年じゃねーの、知ってるくせに」
「ふふ、知ってる」
「本当にいいの?」
「もちろん。いい歳してコナンくんに一食奢る余裕もなかったらまずいわよ」
「そりゃそーだ」

 乾いた笑いを浮かべるコナンくんの頭を撫でて、ポアロのドアベルを鳴らした。

「いらっしゃい、コナン君、千歳」
「こんばんは。お夕飯食べにきたんだけど……」
「カウンターでいいかい? テーブル席は空いていなくて」

 苦笑する透さんに、大丈夫、と返す。
 コナンくんはさっそく奥の方のカウンター席の椅子によじ登っていた。
 お菓子をたくさん食べてしまったので、夕食は軽くにしようか。コナンくんと相談して、軽食を注文した。
 いやに鋭くなった耳は、いくつもの話し声の中でも透さんと彼の話相手の女性の声を的確に拾ってしまう。
 あ、また断った。……これは、ここでは渡さない方がいいんじゃないだろうか。他のお客さんの手前受け取れないだろうから。
 わたしのことを慮ってか、コナンくんは食事が終わっても紅茶とジュースを頼んで何気ない話をたくさん振ってくれた。
 閉店まで粘れるように、誰もいなくなるまでいられるように。
 コナンくんとの話は楽しくて、ついつい聞き入ってしまった。
 気づけば閉店間近で、わたしたち以外のお客さんは帰っていったところだった。

「今日は忙しかったですね〜! さすが安室さんっていうか……さすがバレンタイン、っていうか……」
「梓さんこそ、常連のお客さんに"チョコはくれないのかい"なんてからかわれていたじゃないですか」
「安室さんには負けますよ! 八割くらい手作りじゃありませんでした?」

 いるのが親しい人間だけだからか、閉店作業に取り掛かりながら店員の二人は雑談を始めた。
 梓さんはちょっぴり疲れた様子だ。透さんはそこまででもないように取り繕っている。
 コナンくんも混じって、わたしはそれを笑みを浮かべて聞いているしかない。

「ひとつも受け取らなかったの?」
「そうなの! 安室さんってば、全部断っちゃったのよ」
「一人から受け取ると全員から受け取らなくてはなりませんしね。平等に、です」
「それもそうですよね」

 紅茶を飲み干すと、透さんがカップを回収しに来た。これ以上注文することもないし、コナンくんも察してジュースを飲み終えたグラスを透さんに手渡していた。
 食器を流しに入れながら、透さんはこちらを見る。

「ね、千歳。今日はバレンタインデーなんですよ」
「そうね、知ってるわ」
「珍しく紙袋を持っていますね?」
「……そうね」
「中身が気になるって言ったら、教えてくれます?」

 わかっているくせに。あぁでも、渡しやすいような空気を作ってくれているのはわかる。
 わかるのだけれど、ここにきて迷ってしまう。
 本当に手作りを渡しても大丈夫なのか。受け取って、くれるのか。
 少し迷って、お店でラッピングされた包みを手に取った。

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