22

 嘘を――罪を暴かれている間、ずっと気にしていたのだろう。
 どうしようもなくなって、おそらくは彼女にとって生涯で一度きりになるであろう大きな嘘をついた。
 そのことを咎められ、罰を受けるのは恐ろしい。
 こちらに彼女の"罪"を立証できる手段がないとわかったから、ようやく安心できたらしい。

「……黙っておけばいい?」
「そうだな、今ある戸籍を下手に弄ってもその形跡が残ってしまう。一度戸籍の請求をしていたのは正解だ。一般人が、その問い合わせで自分が無戸籍だったことを知って慌てて法務局に相談した。それゆえに戸籍には不自然な点が多いし、相談内容も曖昧だった。これで辻褄は合う。もちろん、疑い深い人間には疑われてしまうかもしれないが」
「それについては諦めてるから、大丈夫。……じゃあ、降谷さんたちは、このまま黙っていてくれるのね?」
「そうだな。これから連絡をするが、穂純さんに関する調査結果の共有は、僕の直属の上司と白河にのみしてある。"潜入捜査のしすぎでとうとうおかしくなったか"、"組織で変な薬でも飲まされたのか"と散々心配されたが、判断は僕に任されているから大丈夫だ」

 無暗に広めたと認識されたくはない。藤波のことだけ隠して、彼女を安心させる言葉をかけると、横から風見が口を挟んできた。

「降谷さんの口からあんな推測を聞いたら、誰だって思います」
「わたしもまさか信じてもらえるだなんて思わなかった」

 やはり、俺が何も気づかずにいればそれで諦める気だったのか。端から期待されていなかったという事実に、少しばかり落胆してしまう。

「……どんな言語も理解できる理由は、わたしにはわからないわ。神様がうっかりわたしをこっちに連れてきてしまって、そのお詫びにくれたギフトだとでも考えた方が腑に落ちるくらい」

 申し訳なさそうに言うが、こればかりは彼女が理由を知らなければこちらでも知りようがない。
 上手く使って生計を立てているのなら、それでいい。

「そうか……わかった、少し連絡をしてくる。風見は穂純さんを自宅まで――」
「あの、降谷さん……!」

 スマホをポケットから出していると、思わずといった調子で呼び止められた。

「ん?」
「預けたいものと、相談したいことがあって……」

 不安そうに揺れる目。そんなに怖がらなくても、相談くらい聞いてやれるのに。
 "預けたいもの"の見当はついたが、彼女の様子からすると相談の方が厄介事なのかもしれない。

「預けたいものは、ここに?」
「いいえ、家に」
「わかった。風見、僕が連絡するまでここで待機だ。僕からの連絡が入ったら、穂純さんを先に帰せ。僕が合流して穂純さんの家に寄る。その後時間差で出て、直帰していい。……できるよな?」

 風見は眉を寄せ、視線をそっと逸らした。

「……庁舎に戻る予定が」
「もう明日に回せ。今から戻って取りかかっても非効率だ」
「……そうします」

 穂純さんは風見に生温かい視線を送りながら、カクテルに口をつけた。
 バーの外に出て白河さんに電話をすると、すぐに出てくれた。

『はいはい、白河です。どうだった?』
「僕の予想通りでしたよ。"嘘ではない"と感じた言葉が、すべて本当だった」
『……何をもってそう判断したの』

 こちらの声の機微を逃さないようにだろうか、静かに問いかけられる。

「僕ともう一人しか知らない出来事を知っていました。かわした言葉も正確に口にした。……僕やそのもう一人の人物に気づかれずに得ることのできない情報も」
『そして、アンタは彼女を"脅威ではない"と判断した』
「えぇ。……彼女が僕を害することはありません」
『命の懸かった判断だ。それでも?』

 彼女は、組織とは何の繋がりもない。突然組織の構成員の元に出向いて俺がNOCであることを密告したところで、彼女自身の立場を疑われるのが関の山だ。一般人なのに組織のことを知っている。その時点で、抹殺の対象だ。運良く組織に入り込めたとして――彼女の立ち回りでは、早くて即日、遅くても翌々日には誰かしらに嵌められて命を落としてしまうだろう。
 それなら、あらゆる言語を扱えるという技術を警察に売り込んで、守ってもらえばいい。彼女にそこまでの打算があるかと聞かれれば是とは言い難いが、素直に開示した時点で組織に潜る気はないだろう。むしろ、ある程度どんな組織か知っているのなら、関わりたくないはずだ。

「はい」

 電話の向こうで溜め息が聞こえた。

『……わかった。どの道この件に関しちゃ降谷君にしか判断できなさそうだしね。降谷君がそう言うなら追及はやめよう。けど、しばらく監視はつけるよ』
「えぇ、もちろん」

 通話を終えて、スマホをポケットにしまう。
 バーから出てきた人物が穂純さんであることを確認して、"安室透"の表情をつくった。

「あぁ、千歳さん。帰りましょうか」
「……えぇ」

 初めに降谷零として対峙してしまったからか、今の表情には慣れないようだ。眉を寄せられてしまった。
 彼女が気に入っているバーは、使い勝手も良く彼女の自宅からの道も比較的治安がいい。息抜きできる場所が近くにあるのは少し羨ましいな、と思った。
 特に会話もなくマンションの彼女の自室まで連れて行かれた。

「少し部屋の中を見ますが、その間に楽な格好に着替えてきては?」

 長時間いるための格好でもないはずだ。
 穂純さんは素直に頷いて、寝室に引っ込んだ。調べている間に、彼女は丸襟のシャツ、ロングスカートというゆったりした組み合わせの上にカーディガンを羽織って寝室から出てきた。いまいち彼女の服の趣味はわからない。
 寝室も確認して、話を聞くことを伝えると打ち合わせの時にも使わせてもらった仕事部屋に連れて行かれた。

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