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「――これが、あなたの行動がわかる期間の話です」
「えぇ、間違いないわね」
「さて、それなら米花駅で降りる前のあなたはどこからやって来たのか」

 彼女の反応を僅かでも見逃すまいとして見つめると、動揺した彼女は身じろいだ。

「"乗換案内のアプリが便利だ"という話をしたとき、あなたは"適当に答えている"と言いました。それに対して、"自分にとってここは物語の世界の中だ"という話をした時、"真面目に話しているのか"と聞いた僕に"この上なく真面目だ"と返しました。ホームズの話を、わざわざあなたから切り出してきた点にも疑問が湧く。あなたが意図的に口にしたヒントは、これだったんじゃないかと思いました」

 続きを促す彼女の顔は、相変わらず笑みを形作ったまま。
 しかし、瞳は揺らぎ、膝の上にある手にも不自然に力が込められている。

「思い返せば僕や風見、それから我々が調査中の組織について、あなたが知っているのではないかと思える言動が、いくつもあるんです」
「……たとえば?」
「この部屋での風見との対話に、すぐに応じた点。警察官だと名乗りもしていない風見を相手に、よく密室で二人になろうと思いましたね?」

 彼女は目を細め、僅かな時間だけ言葉を考えたようだった。

「言ったはずよ、"仕事に関係する話でもあるから、ここだとしにくい"って。それに、個室で話したいと言ったのは風見さんよ?」
「あなたのその警戒心の強さで応じたことが不自然だ、と言っているんです」

 そもそも、突然自分の仕事の話を知っている体格のいい男に絡まれた時点で、普段の彼女なら相手にもしないはずだ。
 ナンパしてきた男に対してすら怯えを見せ、馴染みのスタッフに対応してもらっていた姿とは大違いだ。
 カメラはない、しかも鍵をかけて密室にできる。そんな頼りない場所で、なぜ二人でいてもいいと思ったのか。
 彼女は落ち着かない様子でカクテルを飲んだが、視線をうろうろと彷徨わせるだけではっきりとした答えを返すことはなかった。

「まぁ、これも話を続ければわかることですね」

 問い詰めたいわけではないから、早々に切り上げる。
 彼女は不思議そうな顔をして、グラスを置いてこちらを見た。

「風見と会った時も、僕と会った時も、あなたは警察手帳を確認しようとしました。真っ当な警察官なら、躊躇いなく見せるはずだと。あなたの信用を得たいと考えている状況であれば、こちらも尚のこと誠実に対応しなければならなかった。あなたは僕たちが"自分にとって危険のない存在であるか否か"を、ここで確かめました」
「……それは否定しないわ」

 元より、警察手帳が本物かどうかはそう当てにしていなかっただろう。一般人には見て触れる機会などほとんどないと言っていい。"警察手帳を見せろ"と言われて素直に応じるか、じっくりと確認することを止められはしないか、焦りのようなものは見受けられないか。そういったことを見て、本物だと判断していたに違いなかった。
 彼女が言っていたように成りすましも横行している昨今、きちんと警戒していてくれることは良いことだ。だから、俺も風見も、彼女が携行用の紐で繋がれた警察手帳をじっと観察することを止めはしなかった。風見に至っては、後々感心していたほどだ。
 本物かどうかを確かめ、本物だとわかった警察に対して怯えるわけでもなく、話を聞き、剰え協力してくれた。"何か隠している"と感じたことはあっても、苛立たされたことはあっても、彼女を悪人だと判断するには至らなかった。
 彼女は反論する言葉を口にできないようで、汗をかくグラスに視線を落として黙り込んでしまった。

「次に、"あなたの身分、わたしへの疑い。それらをごまかすようなら"……という発言。僕が身分を偽る可能性に、どうして思い当たったんですか?」
「風見さんから"普通は身分を明かさない"って聞いていたもの。潜入捜査官なんかもいるところだって、なんとなくわかっていたから」

 笑みを浮かべて言い訳を並べ立てられるが、こちらの言葉を否定する材料にはならない。

「名前までは隠してもわからなかったはずです」

 彼女は目を丸くし、言葉を探すように視線を彷徨わせたが、やはり反論も言い訳も思い浮かばなかったようだ。
 唇を引き結んで黙り込んだ。
 これについても完全な否定はなし。やはり、こちらのことを多少なりとも知っているようだ。

「次、なぜFBIを引き入れようとしたんですか?」

 彼女が俺について詳細に知っているのなら、FBIを毛嫌いする理由も知っているはず。だから、こちらの冷静さを失わせるために名前を出したのだと考えられる。

「エドが言っていたのよ。FBIに友人がいるって。その人は日本で休暇旅行中だけれど、協力を求めれば応じてくれるだろう、ともね」
「あなたのことを深く探ろうとしたタイミングで、FBIの話を持ち出されました。まるで、FBIを呼ばれては堪らないとあなたに関する詮索を諦めるのをわかっていたかのように」
「海外の警察なんて、大抵は自国に入れたくないものでしょう? 探られるのが面倒で、それを回避するのにいいネタを持っていた。それだけのことよ」

 これに関してはすぐに言葉が出てきたが、落ち着きのない手や視線から、冷静さを欠いていることが窺えた。
 ひとつずつミスを指摘され、辻褄合わせも考えるのがやっとになってきて、受け答えに自信をなくしかけている。

「そして、白河……トラウト逮捕の時に一緒にいた女性捜査官ですが、彼女から、僕がトラウトと対峙している時の話を聞きました。あなたは、"話を忘れろ"と言った白河に、素直に頷いた。それは話の内容を、知っていることの危険性を、正しく理解していたからではないですか? 白河が言っていましたよ、"あれはよくわからないまま頷いたのではない"と」
「最初に風見さんが"トラウトがある組織に武器を流そうとしている"って言っていたもの。降谷さんは潜入捜査官、その組織に潜入してるっていうなら忘れてほしいというのも頷けるわ」
「それなら理解していただいたうえで内緒にしておいてもらいますよ。わけもわかっていない人間を放っておく方が危険です。……先ほどまで我々を相手に嘘をつけるわけがないと理解したうえで話をしていたのに、ここにきて往生際が悪いですね」

 非科学的な話を信じてもらえるはずはないと高を括っていたときの方が、素直だった。
 いざ暴いてみれば、やはり知られたくないと抵抗する。
 独りで秘密を抱え込むことは辛くて寂しくて、暴いてほしいと言葉の端々で訴えかけてきたのに、これまで隠してきたことを暴かれることは怖い。そういう理由での悪足掻きだろう。
 グラスの中に入った酒を呷ると、彼女もきゅっと眉を寄せながらカクテルを飲んだ。ここで緊張の糸を緩めれば、彼女はますます調子を崩す。そう見越してのことだった。

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