04

「……どういうことだ」

 受付で預かったという封筒を開け、中に入っていた書類を見れば、そこに書かれていたのはわけのわからない単語の羅列。
 しかも、使われている紙はファンシーショップで売っているような可愛らしいレターセットの便箋だ。ふざけているのかとも、一瞬考えたが。

「協力する気がない……?」
「いや、そんなはずはない」

 警察庁に書類を持って行き、"それで信頼できるなら"、――クラウセヴィッツ氏との電話でそう言っていた。
 彼女は風見を担当者とすることを不安がった。届けた書類を"読んだ"人間になら協力すると言った。

「――暗号だ」

 ここに来て、厄介な物を渡された。
 これが待ち合わせについて示すものなら、制限時間もわからない状態で挑むことになる。
 突然接触してきた公安の人間より、クラウセヴィッツ氏も信頼しているFBIの手を借りる方がいいと考えて、無理難題を出したのか。
 わからないが、解いてみるしかない。
 風見にコピーを取らせ、原本を机の上に置いておき、コピーを眺める。
 ヒントもなしに解けというわけではないだろう。
 罫線を囲うように描かれているのは、鶏とその後を追う雛のイラスト。その枠の中、左上には日付と、小数点第二位までの数字がひとつ書かれている。そして、ざっと見ただけでも明らかに違う言語だとわかる単語が並べられている。
 彼女は通訳者。それも、水面下で扱っている言語の数が異常な。ここに並べられた単語を一ヶ国語に統一するのだとしたら、鍵となるのは左上の数字だ。

「藤波。今から言う日の為替レートを調べてくれ」
「はい!」

 左上に書かれた数字のレートになっている国を調べさせると、すぐにある国が浮かび上がった。

「……ここに書かれた単語をすべて、その国の言葉に訳す」
「はぁ!? この四枚の紙にびっちり並べられた単語を!?」

 藤波は持っている紙を指で弾いた。

「そうだ。手分けするか……」
「手分けしたらいいってもんじゃないでしょこんな量! っていうかユーロ圏と英語圏が必然的に除外されるの鬼畜すぎません!?」
「できなければFBIがこの国で捜査権を振りかざす。……させるものか」
「それは同感ですけどぉ! とりあえずリストアップします。多分この暗号一筋縄じゃいかないですよ、彼女がそのふざけた便箋使った理由も考えといてくださいよ!」

 自分の愛用しているパソコンを使いたいのだろう。藤波は席を立つと紙を持って会議室を出ていった。
 "ふざけた"便箋を使った理由――か。あの夜、必要以上に彼女に警戒心を抱かせる必要もないだろうとバーで別れた後の行動は見張っていなかった。夜遅くまで開いている店で便箋を手に入れたか、有り合わせの便箋を使ったのか――真面目らしい性格の彼女が、警察に送る文書にわざわざこの便箋を使うか?
 それなら、おそらくはこれもヒントだ。確証を得るためにネットで便箋を探したところ、レターセットが出てきた。現物を手に入れたい――が、さてどうしたものか。
 注文をしても遅すぎると考えていると、白河さんがカバーの職務から戻ってきた。

「戻ったよー。どう、届いた?」
「えぇ、暗号が届きました。白河さん、期待はしませんが、このシリーズのレターセットはご存知ですか?」
「期待しないって何!?」

 白河さんはネットショップの商品画面を見て、何か思い当たるところがあったのか視線を宙へ巡らせた。

「……米花町なら、あの店かな。わざわざ手に入れたっていうんなら、夜遅くやってるのなんてあそこぐらいだし」

 店の目星はつけられたらしい。これがヒントなら、穂純千歳はあの後この暗号を考えて便箋を入手した。おそらくは、解読の攪乱のために。

「十中八九そこでしょうね」
「お昼まだだし、ちょっと米花町まで足伸ばして手に入れてくるよ」
「お願いします」

 白河さんが休憩を取るならと、藤波と風見に声をかけて休憩を入れた。
 そうして昼を跨いで手に入れてきてもらった便箋に触れて、あることに気がつく。

「……手触りが違うな。白河さんが入手してきた物も柄はランダムのようだが……加工したからか?」
「左上の鶏の羽に"S"って文字が入ってる。あと、弄ってあるのは嘴っぽいね。先頭の鶏は嘴を開けたり閉じたりしていて……雛は閉じさせてあるね」
「単語の頭文字……でしょうか。しかし、"S"というのは」
「――"Start"。風見の言う通り、これが"単語の頭文字を発音しろ"という意味なら……この法則の始まりを示さなければならないからな。つまり、藤波が訳した単語の頭文字を拾って、左上から鶏を当て嵌めればいい。嘴が開いている鶏に対応する文字を拾っていけば、文章になるはずだ」

 白河さんはコーヒーを啜りながら、苦笑いを浮かべた。

「なかなか厄介な暗号送りつけてくるよねぇ。……それで、法則がわかったのはいいけど、最大の難関は藤波君が担当してる翻訳なわけだ」
「えぇ。……様子を見に行きましょう」

 翻訳が終わらなければ、こちらでできることもない。風見を通常の職務に戻し、藤波のいる部屋へ向かった。
 藤波はデスクに紙を散らかし、ひたすらにキーボードを叩いていた。

「藤波。進捗は? こちらは法則の目星がついた。手伝えることがあるなら手伝うが」
「ようやくリスト化したところですよ。特殊文字多いから苦労したのなんの。お二人ってどの言語いけます?」
「中国語とイタリア語」
「フランス語かな」
「じゃあわかる単語だけ訳してもらえます? 翻訳先はインターネットに辞書が出てる言語なんで。今プリントアウトします」

 原文がまずどの言語なのか判別し、指定された言語に訳さなければならない。
 タイムリミットがいつなのかもわからない状況で、非常に面倒な暗号を解かされている状況。本当に解かせる気がないのかと思いきや、訳す先の単語はすぐに出てくるあたり、解けるように配慮されていると感じられる。

「……警察おちょくって楽しんでるんだと思う?」

 白河さんもそれは感じたようで、キーボードを叩きながら問いかけてきた。
 クラウセヴィッツ氏は、トラウトに絡まれることを快く思っていない。穂純千歳はそれを知っていて、クラウセヴィッツ氏にとって最善の手段を取ろうとしている。しかし、接触してきた警察に対して、自分の――おそらくは"身分の"――ことがあるから信用していいのかはわからない、と評した。できれば関わりたくはない――が、難解な暗号を解いてまで協力を願い出るというのなら、クラウセヴィッツ氏のために応じても構わないと考えている。
 彼女が警察との関わりを厭う理由は、自身が経歴不明であることだろう。警察側が信用できないだろう人間である自分に協力を求めたことが、不可解に感じられたに違いない。
 クラウセヴィッツ氏の協力を得てトラウトを捕まえたいということが事実なのだと判断できたとしても、その捜査の手が自身に及ばないとは言い切れない。
 ――そうであるなら。

「怯えているんだと思いますよ、我々警察に」

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