03

『警視庁……の、風見さん?』
『はい。警視庁公安部の、風見と申します』

 提示された警察手帳を見て、穂純千歳は眉を寄せた。どこかわからない部分でもあったのか。
 ごく普通の生活を送っていれば、警察の組織図なんてものが頭に入っているはずもない。

『普通は名乗らないんじゃないの?』

 言葉を選ぶようにして発された問い。どうやら、"公安"という単語が引っかかったようだ。

『えぇ、まぁ。ですが、近頃日本での活動を増やしている犯罪組織がありまして。トラウトはその組織に武器を流すために、最近日本に進出したクラウセヴィッツ氏のルートを利用したいのだと踏んでいます。私はその組織を追っていて、勢力を強めてしまう可能性のあるトラウトを、なるべく早く捕縛したい。クラウセヴィッツ氏の協力を得るためにも、まずは彼の信頼を勝ち得ているあなたに協力をお願いできないかと思い、失礼ながらタイミングを窺っておりました。こうして身分を明かしているのも、あなたの信頼を得たいからです』

 風見は正直に話した。信頼を得られなくても、危害を加えることだけはしないと理解してもらってくるように、白河さんから指示が飛んでいるからだ。
 どうも彼女相手には、下手に誤魔化すより真摯な態度を見せた方が良い気がした。
 彼女は少しの間、伏し目がちになって何か考えていた。
 風見を信じてもいいのか、判断しかねているようだ。
 やがて視線が上がり、風見と目が合ったのだろうか、また眉が寄せられた。

『……それはわたしの判断ではどうにもならないわ。電話をしてもいいかしら』
『えぇ』

 クラウセヴィッツ氏に不利にならないようにするのであれば、ある程度のことを決定する権利を持っているらしい。
 信頼を勝ち取れれば、これ以上ない協力を得られる。
 穂純千歳はスマホを二台取り出し、ひとつで電話をかけ、ひとつは膝の上に置いて操作し始めた。

「彼女、ここで警察の組織図調べてるんですよ。やっぱり"警視庁公安部です"なんて言ってもわからなかったんでしょうね」

 得られる情報を得ておこうという姿勢は好ましい。誤解を持ったまま話を進められるよりずっといい。
 とはいえ、知ったかぶりをして、後で指摘されたら恥ずかしいんじゃないか。
 藤波に"このことは絶対に口にするなよ"と念を押すと、藤波も"わかってます"と頷いた。

「"さっきの電話の後、公安の人に声をかけられました。エド、貴方とトラウトのことで。この四日間、張りつかれていた"。……"大きい犯罪組織と手を組みそうとのことです。私のことがあるし、信用してもいいのかは判断できません"」

 どうも彼女は、自分の経歴がおかしいことを自覚しているらしい。そして、クラウセヴィッツ氏もそれをわかったうえで彼女との付き合いを続け、剰え親身になっているようだ。
 カメラに映る彼女は、膝の上のスマホに視線を落とした。

「"そもそも本物かどうかもわからないから、警察に書類を持って行けないか確かめてみます。それで、信用できるなら"。……"仲が悪いんですよね。公安の協力を得られるなら、休暇旅行中のFBI捜査官を引っ張ることもないと思いますが"」

 彼女の口から"FBI"という単語が飛び出したことに驚いた。
 いや、名前を出したのはクラウセヴィッツ氏の方に違いない。世界中を飛び回る人物だ、FBIの人間と繋がりがあっても不思議ではない。

「"そうですね、わたしのような一般人に尾行を感づかれた時点で目の前の彼は駄目です。人柄には問題ないと思いますが"。……"わかりました、やってみます"」

 既に過去のことだとわかっていながら、頭を抱えた。頭痛を和らげようと米神を揉む。
 風見の真面目な性格は理解して受け入れてくれたようだが、実力に難ありと思われている。
 穂純千歳は通話を終えると、スマホを二台ともハンドバッグにしまった。そして、再び風見と目を合わせる。

『はっきり言って、あなたの立場については信用できないわ。なりすましも横行しているし』
『……はい』

 面と向かって"信用できない"と言われ、風見はやや落ち込んだ声で相槌を打った。

『あなたに指示を出しているのって警察庁でしょう? そこに書類を持って行ってもいいかしら。それを読んできた人になら、協力を要請できるというのがエドガーの考えよ』
『! 受付に言づけておきます』
『明日の正午までに持って行くから、風見さんにって言って渡しておくわね』
『はい』

 大胆だが、確実だ。
 藤波は既に受付に連絡を入れてくれているらしく、あとは書類が来るのを待つだけの状態だと言った。
 話は一旦終わりだ。彼女が書類を準備するというのなら、その時間も与えなければならない。

『何か追加で頼まれますか?』
『え? いいえ』

 一応はと気遣いを見せ、首を横に振られると、風見は頭を下げた。

『では、今夜のお会計はこちらで持ちますので、ごゆっくり。お時間をいただきありがとうございました』
『え、えぇ、こちらこそ……?』

 戸惑った彼女の返事を最後に、カメラの映像は途切れた。
 藤波が映像データを閉じ、壁にかけられた時計を見る。

「さて、今は九時半ですけど。彼女、何時に来ますかね」
「白河さんはどうしてるんだ」
「別件でボディーガードのお仕事中ですよ。風見さんも協力者との定期連絡のために十時半まで外出らしいです」

 つまるところ、穂純千歳の行動を監視している人間はいない、と。

「車出します。駅あたり張ってれば見つかると思いますよ」
「同感だ。頼む」

 俺と藤波の予測通り、穂純千歳は駅の近くにタクシーに乗って現れた。そのまま警察庁に向かうのかと思いきや、駅の中に入ってしまう。

「あー……彼女、当たり前だけど土地勘ないのか。一番近い出口に来ますね。降谷さん、車頼みます。追って様子を見ます」
「あぁ」

 藤波は自分に仕掛けた盗聴器の音声の受信装置を俺に預け、車を降りていった。
 運転席に移り、ジュークを警察庁のそばに停める。
 駅の出口を見ていると、穂純千歳が辺りをきょろきょろと見回しながら出てきた。スーツ姿の藤波も後ろから追ってきていて、彼女が警備員に話しかける声を上手く拾いながら横を通る。

『すみません、警察庁に書類を届けることになっているんですけど……どこから入れば……?』
『あぁ、それならそこから入ってもらって構いませんから』
『ありがとうございます』

 穂純千歳はぺこりと頭を下げて、言われた通りに中に入っていった。
 藤波の車を駐車場に戻し、人目を避けて庁舎に戻る。その間もイヤホンからは受付に書類を渡すやりとりが聞こえていた。
 土地勘がないがゆえに物珍しそうに辺りを見回す以外、挙動におかしな点はない。

『構内の案内板を見る以外、特に足を止めることもありませんでしたよ。先に戻っていてください、僕もすぐに戻ります』

 押さえておいた会議室に戻って一息ついたところで、風見が封筒を片手に戻ってきた。

「降谷さん、こちらが穂純千歳から預かった物だそうです」
「ご苦労」

 風見の手から封筒を受け取り、密閉された封筒を開ける。
 中から出てきた書類を見て、三人の口から同時に"は?"という間の抜けた声が零れた。

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