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「バレンタイン、かぁ」

 刺すような冷たい風の中、仕事帰りに立ち寄ったショッピングモールでは、バレンタインフェアなるものが開始されていた。
 赤とピンク、チョコレートブラウンを基調として飾りつけられた店内は華やかだ。
 日頃頑張る自分へのご褒美にでも買おうかな、と考えた。宇都宮さんからこの間コーヒーリキュールをもらったし、ホットカルーアミルクにでもしてぽかぽかと温まりながら食べるのもいいかもしれない。
 あぁ、光莉ちゃんは小学生だし、友チョコとかくれそう。ちょうどバレンタインの日は宇都宮さんのところで仕事だし、預ければ渡してくれるだろう。あれ、そうすると宇都宮夫妻にも渡すべきなのでは。こちらは市販のものにしよう、奥さんがきっと手作りを用意するから。
 小学生といえば、哀ちゃん。それなりに仲良くさせてもらっているし、甘いものが嫌いというわけでもなさそうだし。博士にも、たびたび迷惑をかけているのだし日頃の感謝を込めて何か渡すべき。
 となると、芋蔓式によく博士の家にいる少年探偵団の子たちにもあげないとだめだろうか。そして阿笠邸を日頃から盗聴している昴さんも、渡さないとなんやかんやとからかってくるに違いない。いや、博士に日頃の感謝を伝えるなら、より迷惑をかけている昴さんというか、赤井さんにも渡すべきだ。
 赤井さんと同じぐらい、いや彼以上に何かとわたしに気を遣ってくれるコナンくんにもか。
 お世話になっているというなら、公安の人たちとか、……零さん、とか。

「…………っ」

 風見に"プライベートな相談をしたいので時間が空いたら連絡をして"とメールを送り、モールの休憩所のベンチに腰を落ち着けて手帳を取り出した。
 ざっと贈り物をしたいと考えた人たちの名前を書き出して、手作りがオーケーかどうかも判断して。
 すると、風見から着信が入った。

『風見だ。どうした?』

 勢いに任せて電話をもらったはいいものの、相談のしかたを何も考えてなかった。

「あ、あー……風見、その」
『ん? なんだ珍しい、歯切れが悪いなんて』
「う、うん……あの、バレンタイン近いじゃない?」
『あぁ。降谷さんにか?』
「それもそうなんだけど、風見と白河さんたちに贈っても迷惑じゃないかなって」
『……くれるのか』

 心底意外そうに言うけれど、わざわざわたしが送るメールや手紙の暗号を解読するツールまで作って情報を使ってくれているのだ、おまけに厄介な人間に目をつけられたとなれば降谷さんの指示に従ってサポートをしてくれる。
 それが情報提供者を守るためのものだとしても、心配もしてくれているのがわかるから、感謝の気持ちは絶えない。

「お世話になってるし……。もちろん迷惑ならやめる」
『そうだな、缶入りの蓋をテープで塞がれたものとか、開けたことが絶対にわかるものだといい』
「なるほど」

 ものはいいけれど、渡すのはどうしたら。
 お歳暮とかと違って受付にも渡しにくくないだろうか。風見だって受付の女性に頼むのは気が引けるだろう。

『なんなら受け取りに行こう。警備企画課に顔を出すついでに渡しておく。俺は知ってしまったが、白河さんたちは喜ぶ』
「……いいの?」
『もちろん。それと降谷さんだが、穂純からのものなら手作りでも受け取ると思うぞ』
「あ、そ、そう? いや、やめとく、浮かれてるなんてばかみたいじゃない。とにかくありがとう! 10日以降に会えるなら連絡して、じゃあね!」
『はは、あぁ』

 風見にからかわれた。彼に対してだけはサプライズも何もないけれど、愉しそうだったからいいんだろう。
 さて、計算は終わった、何を作るかも決めた。現在地はバレンタインフェアをやっているショッピングモール、おまけに今日は車移動。
 思い立ったら即行動、である。


********************


 バレンタイン当日。
 まずは午前中の宇都宮さんからの仕事だ。
 宇都宮一家と警備企画課、そして風見への贈り物を持って、仕事に向かう。イタリア人の営業との商談を終わらせて、お茶をいただいているときに、宇都宮さんから三つ、可愛らしい包みを渡された。

「あら、こんなに」
「はは、光莉は千歳ちゃんに手作りを渡したいって言ってね、僕も贈ろうかなと思って用意していたら、"あなただけずるいわ"って妻も千歳ちゃんの分を包み始めて。結局この数だよ」

 ちょっとだけ不器用さが伺えるチョコクッキーは、多分光莉ちゃんからのもの。刻んだナッツの載せられたブラウニーは、宇都宮さんの奥さんからのものだろう。ということは、有名なフランスのチョコレートブランドの箱は、宇都宮さんか。
 ひと目でわかる送り主に思わず笑みがこぼれる。

「ふふ、うれしいわ。わたしも光莉ちゃんに手作りを用意してきたの。それと、二人にも。市販のものだけれど」
「妻子持ちの男に手作りは、確かにいけないね。妻は千歳ちゃんのことが大好きだから、気を悪くすることはないと思うけど」
「それでもよ。宅配便代わりにして悪いけど、渡してもらえる?」
「はは、君と会うことを伝えたら二人にも同じようなことを言われたよ」
「感謝されるわよ、大好きな人からの贈り物を持ち帰ってくれるんだもの」
「それは確かに」

 終始和やかに雑談をして、取引先との食事があるという宇都宮さんと別れ、彼の会社を出た。

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