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※恋慕編前/夢主は恋心を自覚済if


 いつもと同じように降谷さんからかかってきた電話。出てみると"頼みたいことがある"と言われ、いつも通りにバーで待ち合わせをした。
 夜に会って話を聞くと、文書や音声の翻訳ではない、別の仕事だと伝えられた。

「パーティーに参加してほしいんだ。俺のパートナーとして」
「……降谷さんの」

 合言葉に使ったカルーア・ベリーに口をつけて、フランボワーズの甘酸っぱさを舌の上で転がし飲み込む。

「勿論、安室透として行くけどな。やることは単なる情報収集で、穂純さんはただ隣にいてくれればいい。事情を知っている女性捜査官が悉く別件に駆り出されていてな……穂純さんにしか頼めなくなったんだ。白河さんは風見と組むしな」

 降谷さんはわたしが危険を冒すことを嫌がっていることをきちんと承知していて、"こんなことを頼んですまない"と眉を下げて謝った。
 純粋に、こうやって頼ってもらえるのはうれしい。
 初めて協力したときと違って、わたしが狙われているわけでもない。

「ちなみに、わたしが断った場合は?」
「藤波が女装する」
「悲劇しか生まない。手伝うね」
「ありがとう」

 いくら藤波さんがあまり外に出ないと言ったって、いざという時に対処できるように体も鍛えているわけで、バレるリスクが上がるだけだろう。
 準備は任せてもいいということだったので、概要を書かれた資料を預かってバーを出た。
 家に帰ってシャワーを浴び、寝る準備をしてから資料を読んでみると、警察やそこと繋がりのある職業が多く参加するパーティーだとわかった。降谷さんは探偵として、白河さんはボディーガードとして参加することができる。
 読み終えたら処分してほしいとのことだったので内容を把握した後シュレッダーにかけて、寝ることにした。
 布団をかぶって、枕に顔を埋める。
 以前は、ただミーハーな気持ちで降谷さんをかっこいいと思って、カクテルを作ってもらったり恋人同士のように振る舞ったりすることをラッキー程度にしか思っていなかった。でも今は違う。重荷を一緒に背負うと言ってくれた彼の優しさに触れて以来、会うたびにどきどきして、別れるときには"もう少し一緒にいたい"と思ってしまって、――恋をした、と自覚した。
 もしかしたら鋭い彼にはバレているのかもしれない。それでも変わらず接してくれるから、一歩も動かずにいる。どうせ終わりがわかりきっている恋だ。叶える気なんて、ない。

「……ちゃんと、やらなくちゃ」

 わたしが彼のためにできるのは、こうして仕事をできる範囲で手伝うことだけ。それすら疎かにするなんて、愚行でしかない。
 枕に頭を預けて仰向けになる。天井を眺めていたら次第に眠気がやってきて、抗わずに目を閉じた。


********************


 当日の服装の打ち合わせと設定の確認をする以外は、特にこちらで何か気を回す必要もなく日が過ぎていった。
 そうして本番の日となった今日、夕方にサロンで待ち合わせをしていた。
 後日出会ってもすぐにわたしとわからないように印象を変えてもらったし、ドレスも淡いローズピンクで可愛らしさを前面に押し出したデザインだ。
 普段の振る舞いを思うとむず痒くなってしまうけれど、これから会う人物のほとんどは初対面、降谷さんたちはわたしの素を知っている。恥ずかしがって挙動不審になる方がよほど危ないこともわかっている。
 準備を終えて最終チェックをしてもらっていたところで、鏡の前に置いていたスマホが着信を知らせた。ディスプレイに表示されているのは、"安室さん"という文字だ。
 スマホを手に取って、通話ボタンをタップした。

「はい、穂純です」
『安室です。準備は終わりましたか?』
「準備は……」

 スタッフをちらっと見ると、にこりと笑んで頷かれる。

「大丈夫、終わったわ」
『では、お迎えに上がりますね』
「よろしくね」

 通話を終えて真っ暗になった画面を見下ろし、ほっと息を吐く。
 仕事を手伝う前というのは、どうにも緊張してしまう。
 持ち帰る荷物をまとめていると、身支度を済ませた降谷さんがお店の中に入ってきた。スリーピースのタキシードがよく似合う。髪を後ろに撫でつけているのも新鮮だった。

「支払いはこれで」

 カードで支払いを済まされ、荷物もさらりと奪われた。
 外に出るとタクシーが停まっていて、後部座席に乗せられる。降谷さんも隣に座って、運転手に"出してください"と告げた。

「可愛らしいですね。いつもと系統が違うから新鮮だ」

 何てことのないように言われて、照れ隠しに視線を外へ向ける。

「……お世辞を言っても何も出ないわよ」
「お世辞だなんてそんな。本心ですよ」
「どうだか」

 おどけた調子で返され、つい笑ってしまった。
 降谷さんは緊張を解いてくれるのが上手い。わたしに探りを入れる必要もなくなったから、素直にそれに身を任せることができる。
 他愛のない会話をして車内の時間を過ごし、会場があるホテルに着くと、エスコートされて車から降りた。相変わらず少し体温の高い手だ。
 クロークで荷物を預けてもらい、受付に向かった。
 降谷さんが受付を済ませてくれて、会場のホールに入る。部屋の中央に吊り下がった大きなシャンデリアが一番に目に飛び込んできた。キラキラと反射する光が降り注いで、会場を明るく彩っている。

「どうも。安室さん」

 白河さんの声がして、そちらを見る。
 仲睦まじげに腕を組む風見と白河さんが立っていた。

「おや、黒川さんではないですか。こんばんは」

 とてつもなく白々しいやりとりだ。
 風見はこういう場には慣れないのか、はたまた表面上はにこにこと愛想良く挨拶を交わす二人になんとも言えない気持ちになっているのか、表情が硬い。

「黒川さん。こちらの方は?」

 わたしは"安室さん"の恋人で、"黒川さん"とも知り合い。
 黒川さんのパートナーとは初対面、という設定だ。これも警察に繋がりがあると思われないためのひとつの予防線。
 風見について尋ねると、黒川さんはにっこりと笑って紹介してくれた。

「あぁ、風見君? 彼はね、警視庁の刑事さんなの」

 ぺこりと会釈をされ、同じように返す。
 そうしているうちに開会の時間が近づいて、スタッフが配って回っているグラスを受け取って手に持った。

「ちせさん、シャンパン飲めます?」

 こそっと耳打ちされ、些細なことを心配してくれる優しさに胸が高鳴る。
 ワインもあまり好きじゃないし、炭酸が入っていれば尚のこと。

「ちょっとなら」
「炭酸が苦手なら口をつける程度にしてくださいね」
「そうする」

 "ちせ"というのも語感が可愛いからという理由で適当に決めた偽名。いつも外でしている強気な態度は引っ込めるように、とも言われている。
 いま隣に立っている彼のことは、"透さん"と呼ばなければいけない。口の中で呼ぶべき名前を転がして、ステージへと目を向けた。
 朗々とした開会の挨拶の後、乾杯をしてパーティーが始まった。シャンパンをちびりと飲んだけれど、やっぱり好きになれない味だ。
 とりあえず持っていればいいかと自己完結して、グラスを左手に持ち降谷さんの腕に手を添えた。

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