02

「秀一さん、長々と放っておいてごめんなさい。降谷さんは帰ったから……」
「……あぁ」

 千歳は少しだけ開けた窓から顔を覗かせて、申し訳なさそうに眉を下げて微笑んでいた。
 吸いさしの煙草を携帯灰皿に押しつけ蓋を閉め、安っぽいサンダルを脱いで中に入った。
 千歳の背を追って書斎に入ると、デスクの隅に積まれたままの封筒とクリアファイル、書類が目に入る。

「……郵送の準備が残っていたんだったか」

 声に苦々しさを載せてしまい、千歳は困ったように笑った。
 誤魔化すように後ろから千歳を抱きしめ、米神に頬を擦り寄せる。

「千歳、書類を纏めるのでも手伝おうか。顧客の情報は他言しないと約束する」
「シルバーブレットに書類整理なんてさせられないでしょ」

 くすくすと笑ってスキンシップに応えてくれることから、機嫌を損なってはいないことがわかって安堵する。
 しかし、今度は簡単な手伝いすらさせてくれないことに不満が募る。

「君は俺を神聖視していないか」
「まぁね。FBIきっての切れ者で、凄腕のスナイパーで、截拳道も強い。機械にも詳しい。……雑用なんてしてないで、休んでいた方がいいんじゃない? 話し相手にならなれるわ」

 指折り数える手を握って、指を絡めた。
 そうじゃない、と思う。

「……君の恋人だぞ」
「? 知ってるわ」
「わかっていないだろう」

 千歳が仕事を楽しんでいることは知っている。数日がかりの旅行の通訳のために出かけることもあり、タイミングによっては翻訳業務のために書斎に引き籠もることさえあるほどに忙しくなることもあるのだと知っている。
 そこに、個人事業主であるが故の雑務も重なってくる。本来企業という組織の中でなら総務部、経理部と業務を分けて行えるが、千歳はそういうわけにもいかない。
 元々は経理職だったから書類を纏めるのは特に苦ではないと言っていたが、時々は面倒になってしまうことがあるのも知っている。今も忙しさに負けて領収証を溜め込んでいるのは引き出しを開けたのを見たときに気がついていた。

「仕事をする君の視線が欲しい。手伝って喜んでもらいたい。出来が良ければ褒めて欲しい。それで何にも邪魔されずに君と過ごす時間が増えれば嬉しい。……君の仕事を減らして構ってもらいたいだけの、ただの男だ。わかるか、darling」

 耳元で低い声を意識して囁くと、千歳は肩を微かに震わせた。

「……んん」

 絡めた手を繰り返し握りながら、千歳は何か考えている様子だった。
 顔を覗き込んでみたが、困らせたという感じではない。

「じゃあ、領収証の整理と経費の入力。お願いしてもいい? 溜めちゃってて、少しでもやってもらえると助かる」
「! 喜んで」

 千歳の体を離してやると、千歳はデスクからノートパソコンとカード会社から送られてくる封筒、そして領収証を詰めている茶封筒とA4サイズの紙の束を持ってきた。
 現金払いにしたものとカード払いにしたものを分け、現金払いのものは日付順に、カード払いのものは請求明細の通りに並べてコピー用紙に貼る。そしてそれを見て、会計ソフトに入力していく。領収証には"図書費"、"会議費"、"雑費"などと科目をメモしてあり、そうでなければ通訳と翻訳、どちらに対する原価なのかを書き入れてあるので"売上原価"の中で振り分ける。
 過去の資料を借り、ソフトの使い方も教われば、後はそう難しいことではなさそうだと感じた。
 FBIでは行うことのない業務だ。報告書、時折始末書とデスクワークは少なくないが、こうした経費の処理については専門の部署があるからだ。
 千歳が行った作業を見ると、領収証の端はきっちりと揃えられていて几帳面な性格が窺える。これは大雑把にはとてもできないなと意気込みながら、新鮮にも思える仕事に取りかかった。

「飽きたらやめてもいいからね? わたしが楽してるだけだし……」

 任せてはくれたものの、まだ些か抵抗があるのか念を押される。
 しかし二人で過ごす時間を作りたいと思ってくれているのは確かなのか、郵送の準備をする手は滑らかに動いていた。

「君が楽をできるのなら良いことだろう。それに新鮮で面白い」
「わたしからしたら、あなたがちまちまとレシート並べてるのを見ると違和感しかないけどね」
「当たり前にしてくれていいんだが」
「それわたしが一番好きな作業。忙しくなければちゃんとやるんだから」
「あぁ、そうだったな。だったら忙しい時にまたやらせてくれ」
「……はぁい」

 溜めているとは言ったが、所詮は一人でやっている事業の経費。二ヶ月分ほど溜まっていたそれは、千歳が行っていた郵送準備が終わる頃には片づいていた。
 千歳に入力をチェックしてもらうと、千歳の口からは感心したような声が零れた。

「……あれ、カード払いのやつ未払計上されてる? 後で直せばいいかなって思ってたのに」
「過去の入力を確認した。その"未払金"というやつは引き落としの時に消すんだろう?」
「正解。……あらら、直すところがない」
「参考にした君の仕事が丁寧でわかりやすかったんだ」

 千歳は嬉しそうに笑い、領収証を綴ったファイルを閉じた。

「それは良かった。……ありがとう、秀一さん。とっても助かった」
「どういたしまして。後はあの郵送物を投函すれば終わりかな」
「そうね、近くのコンビニにポストがあるから、そこに入れちゃえば終わり」
「コンビニか、仕事を頑張った君にご褒美も要るな」
「慣れない仕事を頑張った秀一さんにもね」

 テンポ良く返される言葉は心地が良い。
 何てことのない話ばかりをしていても許される空間にいると、気が休まる。
 どうにかしてアメリカに連れ帰ることができないものかと思案しながら、ソファから立ち上がった千歳の手を捕まえて指先に唇を寄せた。


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リクエスト内容:甘、裏チックorほのぼの
赤井が仕事に嫉妬する


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