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 藤波さんの悲願が達成された翌朝。零さんが用意してくれた朝食を食べつつテレビをつけたら、警視庁の警視が逮捕されたというニュースが報道されていた。
 内容は"自宅に女性を連れ込んで婦女暴行を行っていた"というもので、警察は余罪を追及している、と締め括られていた。
 元々秘密裏に行われている協力者工作に関する事柄はもちろん、人身売買についても一切触れられなかった。
 何も知らなければ、世間は"時々ある警察官の不祥事"として流すだろう。
 続くニュースは、一昨日の反社会的組織の壊滅について。薬物の取引現場を押さえただとか、紙幣の偽造がされていたけれど流通する前に回収できたため経済への打撃を防ぐことができただとか。大々的に、おそらくは繰り返し取り上げられていて、けれど一部記憶と異なる内容で報じられている。
 食事の手を止めてテレビに見入っていたわたしに、向かいに座っていた零さんは眉を下げて笑った。

「これが公安警察だ」

 その一言がすべて。
 違法な作業を行うことは知っていた、今回それに触れた。
 公安警察は、世間に大きな混乱を招かないように情報操作をした。それを知ってしまった。
 わたしはその片棒を担いだ。取引に関わっていた身でありながら、無罪放免とされた。

「……もう引き返すことはできないし、その気もない。それに、"一緒にいる"って決めたでしょう?」

 すべて覚悟のうえで、一緒にいることを決めたから。
 テレビから視線を外して食事を再開すると、零さんは安心したように息をつく。
 協力者は、刑事の指示の下で違法行為を行うことが多いという。協力者であり、共犯者。そしてそれは、互いに信頼関係がなければ成り立たない。
 わたしにとってその信頼関係が成り立つのは零さんだけ。今回の件でそれを強く印象づけて、本来外国語を多数扱えるわたしに向いていた外事課での管理の話をなかったことにさせた。
 だから、零さんと一緒にいることができる。

「……そうだな」

 相槌をひとつ打って、零さんも食事の手をまた動かし始めた。
 朝ご飯の片づけをして、洗濯をしてベランダに干して。掃除もようやくすることができた。
 零さんも左腕をあまり動かさないようにしながら手伝ってくれた。
 小学生二人の下校後に阿笠邸にお邪魔することにして、コナンくんにはメールをしてある。白河さんには零さんから連絡をしてくれたから、夕方に来てもらえる。
 日中、零さんには後処理に関して電話がかかってきたし、わたしも仕事で少しばたついていた。零さんに言われたアルバイトを雇う準備もある。食事のとき以外はお互いに忙しかった。
 夕方になると白河さんが来て、工藤邸まで車で送ってくれた。
 昴さんに扮した赤井さんも阿笠邸に来ていて、用件がわかっていたのかと笑ってしまう。
 コナンくんも博士も、今回のお礼だと伝えてお菓子を渡すと喜んでくれた。

「彼とは一緒にいられそうですか?」

 ウイスキーを渡したときに、昴さんが片目を開けてモスグリーンの瞳を覗かせながら訊いてきた。

「うん、あなたのおかげ」

 哀ちゃんが博士に"お菓子の食べ過ぎはだめ"と言い聞かせている隙を見て、赤井さんはくすりと笑う。

「そう言われてしまうと複雑だな。……次はないぞ。もしもあれば本気で落としにかかる。そのつもりでいてくれ」

 変声器のスイッチは切らないまま、赤井さんの口調で言われてしまい少しどきりとする。
 零さんもそうだけれど、普段敬語で話すことが多い人にそれを崩されると弱いのかもしれない。……知りたくなかった。

「……次がないことを願っておくわ」

 視線を逸らして答えた。
 昴さんが肩を竦めてウイスキーの瓶を指先で撫でるのを一瞥して、哀ちゃんを見る。
 何かの事件について自分が蚊帳の外だったと察した哀ちゃんは、テーブルに頬杖をついてそっぽを向き、少し不機嫌そうだった。

「哀ちゃん」

 隣のスツールに腰を下ろして、哀ちゃんの顔を覗き込む。
 哀ちゃんは相変わらず懐いてくれているのか、不機嫌さを隠してわたしの顔を見てくれた。

「何かしら、千歳さん」
「わたしもね、組織に深く関わっちゃった」
「!」

 哀ちゃんは"信じられない"と言いたげな顔をした。

「多分これからは、バーボンの手伝いをすることが増えると思う」
「うそ、嘘よ……」

 ふるふると首を横に振り、テーブルの上に置いた手を握り締めている。

「だって、千歳さんはちゃんと自分のことを大事にしてたじゃない……!」

 哀ちゃんは零さんのことをほとんど知らない。だから、わたしが身の振り方を変える理由にも行き着かない。
 小さな手でブラウスを掴まれて、縋られた。
 赤茶色の髪を撫でて、哀ちゃんを抱きしめる。

「うん、……ごめんね」
「突然消えるなんて許さないわよ、私……!」

 哀ちゃんの言葉に、少し驚いた。
 組織と関わりがあって幹部に顔と名前を認識されているわたしと、会うことなんてしてくれないと思っていたから。

「……いいの?」
「当たり前じゃない……! 千歳さんができる範囲で、私のことを守ってくれるんでしょ。あの言葉、絶対に嘘にしないでちょうだい」

 赤井さんの言葉を思い起こす。
 ――慕う相手を裏社会の柵で喪う辛さを味わって欲しくない。
 哀ちゃんにとってわたしが失いたくない相手だという事実は、素直にうれしい。利害の一切を抜きにして慕ってくれる哀ちゃんに、わたしはずいぶんと救われていた。
 きっと、生きる理由はいくつかあったって悪いことじゃない。
 震える小さな体を抱きしめて、生き抜きたい理由のひとつを再認識した。

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