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 藤波さんは、これまでに起こったことを時系列を追って説明してくれた。

「元々公安ではあったんで、協力者を持っていること自体は何らおかしくはないですよね。……穂純さんは、この辺りの警察組織の関係についてわかる?」

 わたしがついていけるように、理解度を確かめてくれている。
 零さんが隣にいるし、藤波さんに協力していたことがわかったから、藤波さんに対して不信感はもうなかった。
 風見と初めて会ったときに調べた情報を思い起こす。

「零さんと白河さんと藤波さんは警察庁、風見は警視庁の公安部にいて……警察庁の人は、警視庁の刑事に指示をしたり教育をしたりしてる……。公安の刑事は秘密裏に民間人の協力者を抱えていて、ゼロでそれを管理してる。これぐらいでいい?」
「うん、及第点。僕が両角警視の推薦で警察庁に出向したのは、三年前……でもこれは、両角警視の個人的な欲求を満たすためのものに過ぎなかった」

 藤波さんは眉を下げて、机の天板に視線を落とした。

「両角警視は、僕を警察庁に推薦してゼロに"移してやった"ということに対して見返りを求めてきた。ある人物が捜査中の事件に関する重要なデータを持っている、その情報へのアクセスに必要なパスワードを聞き出すために協力者を貸してほしい、ってね。基本的に公安刑事はお互いの抱えている協力者を知らないけど、捜査に必要なら共有する。それと変わらないと思って、浅はかだった僕は情報収集において一番信頼していた協力者の女性を両角警視のところへ送ったんだよ」

 机の上に置いた手を、藤波さんはきつく握り締めた。

「白河さん。これ、子供に聞かせたくないんですけど」
『あー……コナン君、どうする?』
『ボクのことは気にしなくていいよ。それが悪いことだってわかってるから』
「君、ホント子供らしくないな。まぁいいけど」

 声だけは軽い調子で、でも表情は苦しそう。
 緊張で詰めていた息を細く吐くと、零さんに背中をさすられた。

「いつも情報交換に使っていた部屋に戻ってきた彼女は、ホームセンターで買った鋸を持っていた。"どうして? いつも通りの情報収集だったんじゃないの? どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの?"、壊れたように質問してくる彼女に何があったのかを聞きました。僕の指示で両角という男の元へ行ったら、仕事を与えられることもなく凌辱されたって。彼女は僕に恨み言を吐きながら、鋸で自分の首を裂いた。――これが単なる"一件目"だと、気づいてしまいました」
『藤波君は若い女性の協力者を獲得しないようにしていたけど、それには限界があった。両角警視からも"協力者を獲得せよ"と迫られる。……結果が、"二十代前半の女性は全員協力者としての登録後三ヶ月以内に死亡もしくは失踪している"という事実』
「外事課とのパイプを使って国外にも逃がしていたようだな。死亡か失踪、どちらかだけでは両角警視に疑われる、だから協力者の顛末に関する情報を偽装した」

 藤波さんは机の上で肘を立てて組んだ手の上に額を載せて、顔を隠してしまった。

「……えぇ。いっそ自分が死にたいとすら思いましたよ。彼女と同じように苦しんで。……でも、僕がいなくなれば両角警視は別の人間に目をつける。――"僕が終わらせなければ"、そう思って機会を窺っていました。そんな時に、白河さんと穂純さんがあの古城に潜入した。人身売買を目的として両角警視がパーティーに参加した、あの場所に」

 それは藤波さんにとって両角警視の違法な行為の証拠を獲得できる絶好の機会であると同時に、その証拠を隠滅しろと言われる可能性も高い状況だった。
 だから、わたしに持たせた。白河さんが設置した盗聴器、わたしと白河さんが所持していたボイスレコーダー。それらが記録したデータを、翻訳が必要だという正当な理由でわたしに預けてきた。

「僕にとって計算外だったのは、両角警視が穂純さんに目をつけてしまったこと。パーラーメイドとして接客をしていた穂純さんについて、"あの女は誰だ、手に入らないのか"と何度も聞いてきた。情報収集に適している若い女性――あの男の目につくのは必然だった」

 藤波さんは顔を上げると哀しそうに微笑んで、わたしの目を見てきた。

「だから、穂純さんからの預かり物を傷つけました。たとえ僕のエゴだとしても、穂純さんの尊厳を傷つけるよりずっと良いと思った。降谷さんには気づかれてしまいましたけどね」
「普段はパソコンに齧りついているくせに、妙に周囲の様子を気にすると思っていた。ゼロで人の目を盗んで違法作業を行う理由はない。個人的な理由で挙動不審になっているとすぐにわかった」
「……そういうわけで、問い詰められて必要最低限のことだけ伝えて、定期券と時刻表を隠すこと、降谷さんのスマホのデータを削除することを許してもらったんです。それと同時に、降谷さんは穂純さんを手放す準備を始めていた」

 ずきりと胸が痛む。
 そんなことになっていただなんて。何も知らないまま、自分のことでいっぱいいっぱいになって、事の重大さに気づけなかった。
 零さんに頭を撫でられて、ざわつく心が少しだけ落ち着く。

「元々拙いとは考えていたんだ。千歳を僕の手元で守ってやれるかどうか怪しかった。下手をすれば外事課に取られていた。だからクラウセヴィッツ氏、FBIのどちらかの下に行かせるか……僕のそばにいる理由を作る必要があった」

 黒ずくめの組織のことを理解し、わたしの不思議な力のことを承知していて、それでもわたしに無理をさせないところ。
 零さんは、その条件に当てはまるのがエドと赤井さんだと判断した。だからあの日、赤井さんに対して段取りをして――。

「千歳。本当は僕とあの男がした話を知っているんだろう?」
「!」

 くすりと笑いながら訊かれ、はっとする。
 待って、バレたら赤井さんが頭に風穴を開けられるんじゃなかったっけ。

「どうして……?」
「昨夜、"愛せなくなったと嘘をつかずに済んだ"と言っても欠片も疑問に思った様子がなかった。あの男についた嘘についてもどんな嘘をついたのか聞いてこなかった。僕とあの男の話を聞いていなければ、"どういうことだ"と疑問を覚えるはずだ」

 あぁ懐かしい。ずっと前にもこんな風にミスを指摘された。
 でもこれはわたしだけが認めれば済む話じゃない。

「うん、零さんの言うとおり、知ってる。知ってるけど……、彼の頭に風穴を開けるのだけはやめてね……?」
「別の方法ならいいのか?」
「意地悪よ零さん……!」
「冗談だ。千歳が知らなければ悪い方に転がっていたかもしれないこともある。このことでどうこうしようとは思っていないさ」

 その一言で安心した。ただでさえ赤井さんを危険な場所に引っ張り出してしまったのに、迂闊に赤井さんの盗聴について漏らしたせいで何かあっては笑えない。
 藤波さんは、ずっとわたしを守ろうとしてくれていた。わたしに疑われても、けして揺らがずに。
 今こうしてすべて話してくれているということは、けじめをつける気なのだろう。
 わたしは預けた物を返してもらった。かたちがどうあれ、わたしはこれで納得した。
 一方で、藤波さんは――ひいてはゼロはわたしが渡したデータを見ることができていない。両角という男の悪事の証拠が詰まった、重要なデータを。
 藤波さんは鞄から巾着袋を取り出して、中身のUSBメモリを机の上に並べた。

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