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 会場のセッティングを整える間に、主にエドと安室さんの間で打ち合わせがされた。わたしはあれこれと装飾に手を加えさせるヘレナに付き添っていたから、詳しくはわからない。
 エド自身を狙うことはないだろう。今、あの会社のトップにいるのは彼で、彼を説得しようとするのなら殺しては意味がない。
 だとすれば、狙いはヘレナ?
 それにも少し違和感がある。愛妻家の彼のことだ、ヘレナに万が一のことがあれば、今以上に頑なにトラウトへの協力を拒むだろう。
 そうだと、したら。

≪あら、お客様がお見えになったわ。出迎えるから、チトセは通訳をお願いね≫

 思考が及ぶ間もなく、ヘレナに呼び戻される。
 通訳をしながら余所事を考えることはできなくて、そちらに集中してしまった。
 安室さんはわたしのそばに立って、人が多くなって手が回らなくなるとさりげなくフォローを入れてくれる。
 招待した人の中には日本の伝統工芸の職人も多い。英語はよくわからんと気まずそうな男性に声をかけて、エドとの橋渡しをした。
 ふと、腰に手が添えられて耳元で"穂純さん"と呼ばれた。

「ブルーグリーンのドレスにホワイトのボレロを身につけた女性、わかりますか」
「えぇ」

 彼の視線の先を追って、ちょうど受付で招待状を出している、言われた特徴を持つ女性を目に留める。

「彼女とそのパートナーが捜査官です」
「……覚えたわ」
「彼に伝えてもらえますか? 僕は夫人に伝えてきます」
「わかった」

 招待客との挨拶に区切りがついたのを見計らって、エドにも捜査官が来たことを伝えた。
 開始時刻も近くなれば、新たに会場に入ってくる人は少なくなる。
 エドはヘレナと安室さんを入り口に残し、わたしを連れてステージ袖に向かった。
 時間になって、ステージに立つエドの後を追いかける。
 英語での挨拶のあとに、日本語に訳したエドの挨拶を読み上げた。
 乾杯が終わると、立食形式で参加者が思い思いに食事をしながら会話をし始め、エドがその中を練り歩いて挨拶に回る。
 ヘレナは挨拶の直後に安室さんと一緒に合流していて、二人の後をわたしと安室さんが追うかたちになる。
 必要に応じて通訳をしながら、周囲の会話に耳を傾けた。

≪待て、まだだ。……妙な男がいる≫

 耳に入った緊張感のある声、それもドイツ語に、エスコートしてくれていた安室さんの腕を軽く握った。
 彼に話しかける振りをしながら、声の出所に視線を向ける。

≪タイミングを誤るな、仕留め損ねりゃ後がきついぞ。今夜中にってんだからな≫

 話しているのは、英語を使える臨時で雇われたスタッフだった。
 招待客のほとんどが日本人なのだから、その中に外国人がいては目立ってしまう。
 けれど、主催者であるエドのために国籍を問わずに臨時で雇ったとしたら、その中に入り込むのは容易だろう。

「窓の下に立っているスタッフ」
「そのようですね。妙に殺気立っています」

 殺気立っているかどうかははわからないけれど、ひとまず当たりだ。
 今夜中に殺さなければならない、そんな不穏な言葉だった。
 エドとヘレナの背を追いかけながら、男の言葉を日本語で伝える。

「妙な男、とは僕のことでしょうか」
「多分。今までパートナーなんて連れてきたことなかったもの。突然できた恋人を怪しまないでほしいわね」
「まったくです」

 ぐるりと会場を一巡すると、大方の招待客と会話をすることはできた。
 捜査官の二人とも接触済みで、今は別々の場所につくようにして、身につけた盗聴器で周囲の音を拾っている。
 エドと安室さんはインカムをつけていて、それでお互いに連絡を取り合っていた。その中に他の仲間との連絡が混じっていたとて、誰も気がつかない。
 一通り挨拶を終えると少し休みたくなったのか、ヘレナが食事をいただきましょうと提案してきた。
 スタッフから飲み物を受け取り、喉を潤す。
 ステージ前は人が少なく、少しだけゆったりしたスペースになっていた。
 招待客同士も徐々に打ち解け始め、会場内は賑やかで。
 この分だとエドの当初の"日本の友人を増やしたい"という目的は果たせそうだと、安堵した時だった。

≪今だ、孤立した、女を撃て!≫

 耳に入った小さな鋭い声に、ぞわりと肌が粟立った。

≪伏せて、ヘレナ!≫

 エドがわたしの声に反応してヘレナに手を伸ばすと同時に、近くにいた安室さんがはっと息を飲んだ音がした。
 窓ガラスが割れる甲高い音がした瞬間腰を掴まれて、半歩下がりながら抱き寄せられる。
 よろめくも腰と背を支えられて転倒することはなかったけれど、咄嗟のことで思考が追いつかない。
 背中のそばを、風を切るように何かが通った気がした。
 ステージのそばにあったワインボトルが突如音を立てて砕け、中身の赤ワインが飛び散る。
 周囲から悲鳴が上がった。

「どういうことだ」

 安室さんはわたしを抱きしめたまま割れた窓に背を向けて、インカムに呼びかける。

「……一理あるな。君の考えを聞かせてくれ」

 顔だけで振り返って、ヘレナの無事を確かめる。大丈夫だ、エドが伏せさせたおかげで、怪我はしていない。
 狙撃はされた、それなのにどうして、安室さんはわたしを離さないのか。

「安室さん、何があったの?」

 尋ねると、安室さんは一瞬口籠った。
 それでも伝えなくてはならないことだったのか、重々しく口を開く。


「……穂純さん、僕から離れないでください。敵の狙いはあなたです」


 予想はした、でも覚悟はできなかった。
 だってそうでしょう、この世界がどんなにリアルでも、殺すだとか殺されるだとか、そんなのは縁遠い話だと思い込んでいたのだから。

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