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メールチェックをして時間を潰しているうちに、零さんと白河さんは必要な情報を得たようだった。二人の表情は険しくて、話しかけるのもためらわれる。
零さんは風見と、白河さんはコナンくんと連絡を取っているようだけれど、聞く気にもなれずにただ深呼吸をしてざわつく胸を落ち着かせた。
しばらくすると風見が迎えに来て、キャリーバッグを引き取ってくれた。どうやらコナンくんの指示で阿笠邸に預けておいてくれるらしい。哀ちゃんが管理してくれるのなら安心だ。
それから、手荷物とノートパソコンだけ持って、RX-7のキーを受け取った零さんと一緒に行動してほしいと言われた。
「降谷さん、この場所へ向かってください」
風見から受け取ったメモを確認して、零さんは頷いた。
「わかった。藤波へは僕から連絡をするがいいな?」
「その方が効果的でしょうから。私は穂純の荷物を預けた後、白河さんと警視庁へ向かいます」
「オッケー。風見君は私の車乗ってく?」
「……運転は私が」
「はいはい。任せた」
苦い顔をする風見に、白河さんは苦笑してティアナのキーを預けた。
ハンドバッグとパソコンケースを持って駐車場に行き、白河さんたちと別れてRX-7に乗り込む。
零さんはスマホを出してどこかに電話をかけた。
「藤波か? 今から言う住所に来てくれ。データの解析が必要だ。千歳が一緒にいるから、仕事があるならそれも持ってだ」
『了解』
藤波さんと会うのは、"協力者にならないか"と言われた夜以来。わたしがいることに対しても何か思っている様子はなく、声も朗らかだ。
結局パスワードをかけたデータはどうなったのだろうか。
「千歳、赤井から借りてるスマホは持ってるか?」
「え? ……あ、返し忘れてた」
赤井さんから"返せ"とも言われなくて、持たされたまますっかり忘れていた。
「必要だから千歳に持たせたままにしておくよう頼んでおいたんだ。赤井が使っていた方をくれるか? 入れてあるアプリを使いたいんだ」
「グループ通話の?」
電源を入れつつ、零さんに言われた物を渡す。
「そうだ。風見達も阿笠邸に寄ったときに入れてもらえるはずだ。千歳もイヤホンは持ってるな。起動して待っていてくれ」
零さんは自分が使っているワイヤレスイヤホンマイクと赤井さんが使っていたスマホを連動させた。それから風見に渡されたメモに書かれた住所をナビに入れ、車を走らせ始める。
イヤホンを身に着けて少し待つと、コナンくんから電話がかかってきた。
「はい、穂純です」
『千歳さん、おはよう! 慌ただしくてごめんね、いろいろ解決するなら早い方がいいと思って』
「ううん、大丈夫。……わたしは何も聞けてないけど、いるだけでいいの?」
『うん、訊かれたことに答えて、あとは話を聞いていてくれればいいよ』
そのときに順を追って説明してくれるのだろう。
流れていく窓の景色を眺めていると、零さんが口を開いた。
「昨夜の後始末は問題なくできそうだ。バーのアルバイトも一昨日付で辞めてある。赤井がいた痕跡もきちんと消してきたから、感謝しろと伝えておいてくれるかい、コナン君」
『う、うん。わかったよ安室さん』
コナンくんの引き攣った表情が目に浮かぶ。
「潰れた工業団地を選んだから、その場所の始末だけで済む。取引相手だった反社会的組織の逮捕はニュースになっている。時間帯が一緒なんだ、その捕り物に関わることだと情報操作すれば大きな騒ぎにもならないだろうな」
「良かった。桜木隼斗くんと、妹の由香ちゃんは?」
「今は休ませている。カウンセリングを受けて問題なさそうなら復学してもらうことになる」
「そっか」
あの兄妹がちゃんと保護されたのなら良かった。二人ともいい子だったから、周囲との関係について心配することもないだろう。
途中で通話に白河さんと風見も参加してきて、荷物を預けてもらえたことがわかった。
しばらく走って、着いたのは防音設備の整った貸会議室だった。
車を停めた零さんは、ノートパソコンのケースを右手に持って車から降りる。
「部屋を取らせたんだ。庁舎が安全かわからないからな」
「……そうなの」
零さんは受付で鍵を受け取って、メモに書かれているらしい部屋に歩いていく。
電話の向こうでは、白河さんたちが警視庁に到着したことがわかる。
会議室に着いて、零さんに言われるままに机を動かした。長机を三つ横にくっつけて並べて、椅子を部屋のドアに面した一辺に二脚、向かいに一脚並べただけだ。
「悪い」
「キャスターついてるから平気。……左腕、痛いの?」
パソコンを開いて電源を入れ、二脚並べたうちの一脚に座った零さんの前に置く。
隣に座って痛みがあるのかと尋ねると、零さんは首を横に振った。
「安静にしろと言われただけだ。心配しなくていい」
「ならいいけど……」
パソコンの起動パスワードを入れて、二本のUSBメモリを差してパスワードが必要な物は解除しておく。
スピーカーフォンに切り替えるように言われたので、イヤホンの電源を切って外した。設定も変えたところで、部屋のドアがノックされる。
「……」
零さんは険しい顔をして椅子から立ち上がると、ドアに近づいた。
開けられたドアの向こうに立っていたのは、藤波さんだった。
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