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「目が真っ赤だな。中に入って冷やそうか」

 瞼を掠める程度の強さで撫でられ、くすぐったさに身を捩る。
 零さんは喉の奥で笑って、立ち上がると手を差し伸べてきた。その手を取って立ち上がり、部屋の中に戻った。
 零さんが冷やしてくれたタオルを伏せた目に当てる。冷たいタオルは、熱を持った瞼に心地よかった。
 脱衣所のドアが開く音がして、肩が跳ねた。慌てて目に当てたタオルを取る。

「あ、話まとまった?」

 スウェットに着替えた白河さんが、濡れた髪をタオルドライしながら朗らかな顔で出てきた。

「え、あ、戻ってきて……!?」
「うん、ベランダで取り込み中に。降谷君言わなかったの?」
「貴方は情緒ってものをもう少し理解した方がいいですよ。言えるわけないでしょう」
「わかっとるわ。……あーあ、穂純ちゃんこんなに泣かされちゃって。ほらほら冷やしときな。降谷君は包帯取って。ラップ巻いたげるから」

 白河さんにタオルを戻された。
 視界を塞がれたので耳を澄ませるほかない。物音や会話を聞くに、零さんは左腕の傷を保護してもらって脱衣所に押し込まれたようだ。

「晩御飯食べてないよね? 雑炊作るから待っててね」
「あ、はい!」

 タオルのひんやりした冷たさに浸っていると、白河さんが包丁で食材を刻む音が聞こえてきた。

「降谷君とは、ヨリを戻した……って考えていいのかな」
「……はい」
「そっか。降谷君がそういう選択をしたなら、悪いようにはしないと思うよ」
「はい、信じてます」

 白河さんはうんうんと頷いて、コンロの火をつけた。
 零さんもシャワーを浴び終えて出てきて、白河さんを手伝おうとキッチンに向かったらしい。

「手伝わなくていいから! ここキッチン狭いんだよ風見君ほどじゃないけど図体でかいアンタにいられると邪魔なの! 腕に銃弾掠めてんだから休んでろ怪我人!」

 白河さんの口から溢れ出る断り文句に、さすがに折れたらしい。
 近くで衣擦れの音がして、タオルが取り上げられた。
 顔を覗き込まれて、妙に気恥ずかしくて視線を逸らす。

「腫れはだいぶ引いたな。顔洗ってくるか?」
「そうする……」

 洗面所に行き、顔を冷たい水で洗って化粧水をつけ直した。
 戻ると白河さんは雑炊を完成させていて、布巾を鍋敷き代わりにしてテーブルに置いていた。
 ペーパーボウルとプラスチックスプーンも置かれていて、ここもすぐ離れるのだろうと見当をつける。
 盛りつけてもらってから手を合わせ、スプーンで掬って息を吹きかけて冷ました。

「食べきらなくていいからね。ここにお腹空かせた大型犬がいるから」
「はーい」

 醤油で味付けられた雑炊を味わい、夕飯を食べ損ねて空いていたお腹も満たされた。
 残してしまった分は零さんが温め直して食べてくれた。
 歯を磨いて落ち着くと、疲れもあってか眠気が襲ってくる。

「穂純ちゃん、もう寝よっか。降谷君はリビングでいいよね」

 白河さんが毛布を渡しながら零さんに話しかけた。

「えぇ、夜間の警護はお願いします」
「了解」

 端的なやりとりの後、ひとつだけある別室に連れて行かれた。
 用意してあった布団を敷いて寝転がる。

「疲れたでしょ。ゆっくり寝て、明日に備えようね」

 白河さんは毛布をかぶってドアの脇に座り込んでいた。
 電気を消されて、真っ暗になった部屋の中で目を閉じる。
 どろりとした眠気に包まれて、気づけば深い眠りに落ちていた。


********************


 目が覚めて体を起こすと、白河さんに"起きた?"と声をかけられた。

「おはようございます……」
「ん、おはよう。身支度できる? ゆっくりでいいから」
「はい」

 部屋の隅に置かれていたキャリーバッグを開けて、洋服を出して着替えた。脚に絆創膏を何枚も貼っているので、ロングスカートを選んだ。
 洗面所で鏡を見てみると、昨日泣き腫らした目はすぐに冷やしたおかげか化粧でごまかせる程度にはなっていた。顔を洗ってスキンケアをして、腫れをごまかしつつ控えめに化粧をした。
 朝早くから出ていた零さんが買ってきてくれた朝食を食べて、一息つく。

「穂純ちゃん、昨日赤井捜査官からUSBメモリもらわなかった?」
「あ、はい。中のデータにパスワードかけてくれって言われて……そのまま預かりました」

 ハンドバッグにしまっていたUSBメモリを出し、ノートパソコンも貸してほしいと言われたのでキャリーバッグから引っ張り出した。

「降谷君、これが私と風見君で集めた情報。そっちはコナン君と赤井捜査官が穂純ちゃん経由で渡してくれるって言ってた情報だよ」

 二つのUSBメモリを前にして、零さんは眉間を揉む。

「……見たくないな」
「本当にね。でも見なきゃならない」
「えぇ、目を逸らすつもりはありません」

 話の流れが掴めず首を傾げるほかない。

「あの……わたし、どこかに行ってた方がいい?」

 なんだか、いてはいけない場面のような気がした。
 わたしが関わってはいけない、警察組織の内部での揉め事なのではないかと感じて。
 けれど白河さんは首を横に振る。

「んーん、ここにいて。穂純ちゃんにも関係のあることだし、一人で外に出るのはまだ危ないから。降谷君、それ全部目を通して。私も赤井捜査官の方で得てくれた情報を見るからその時は言って」
「はい」

 返事はそれっきり。零さんはテーブルに頬杖をつき、イヤホンを差してパソコンを操作し始めた。赤井さんからもらったデータのパスワードだけ入力するように言われて従えば、もうわたしにできることはない。
 ペットボトル入りのミルクティーを渡されて、蓋を開けて飲む。程よく感じる甘みに息をつくと、白河さんも持っていた緑茶を飲んだ。

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