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 煌々とライトを灯しながら突っ込んでくるスポーツカー。降谷さんも迎え撃つ気のようだ。
 突然、後輪から破裂音が聞こえた。ぐらりと車体が揺れ、降谷さんが舌打ちをする。

「後輪をやられたか……! 穂純さん、シートベルトを外してドアを細く開けてくれ」

 言いながら、降谷さん自身もシートベルトを外す。
 シートベルトを外してドアハンドルに手をかけていると、イヤホンからコナンくんの声が聞こえてきた。

『スポッター付きのスナイパーを確保したよ!』
「降谷さん、スナイパーとスポッターを確保したって……」
「あと一人か……赤井に気を取られていてくれればいいんだが」

 ドアを細く開け、降谷さんを見遣る。力強い腕にシートに押さえつけられたかと思うと、またハンドルが切られて車の向きが九十度変わった。
 ブレーキで甲高い音が鳴り、タイヤと道路が擦れる音もする。
 車が停まると降谷さんは拳銃をホルスターに戻しながらシフトレバーをパーキングの位置に入れ、運転席から助手席へと足を伸ばしてきた。背中と膝の下に手を差し入れられ、体を抱えられる。
 降谷さんはそのまま助手席側のドアを押し開けて降り、すぐ近くの道路脇の廃工場の敷地に入った。その瞬間、降谷さんの背後で耳を劈くような衝撃音がした。
 地面に下ろされて、手を引かれる。

「こっちだ」

 開け放たれたままのシャッター式の入口を潜り、防音のためか分厚くなっている壁に背をつけて座らされた。
 コンクリートの床で、太い鉄の柱が等間隔に並んでいる。

『千歳さん、相手は"池田一"と"ちせ"のスマホの位置情報を使って追ってきてる。この電話は切っていいから、とにかく電源を落として!』
「わかった……!」

 コナンくんの指示に従い、二台のスマホの電源を落とした。
 広い工場だ、移動したと思わせることもできるかもしれない。
 降谷さんは細く息を吐いて、右足の靴下に隠していたカートリッジを取り出し入れ替えた。
 射し込む月明かりに照らされる、だらだらと垂れる血が気になって仕方がない。また、わたしを庇って降谷さんが撃たれてしまった。今度は手の甲に少しだけ、なんていう軽い傷じゃない。それに、砕いたガラスをかぶったわたしを抱えたせいで、小さな切り傷がいくつもできていた。

「左腕、止血しないと……」

 情けなく声が震えた。
 降谷さんは目を細めて、安心させるように笑いかけてくる。

「これぐらいどうってことないさ。穂純さんには当たってないか?」
「わたしは平気、怪我なんてひとつもしてない」
「……良かった」

 心底安堵したような顔をされて、つきりと胸が痛む。
 降谷さんはポケットからハンカチを出して渡してきた。

「そんな顔をされると困る。止血を頼めるか?」
「!」

 ハンカチを受け取って、降谷さんの指示の通りに腕に巻きつけ縛った。ハンカチはすぐに赤黒く染まってしまう。

≪おい、出てこい! 出てこいよチセ≫

 外からリーダーの声と、二人分の足音が聞こえてきた。
 降谷さんは脇に置いていた銃を拾って立ち上がり、わたしの手を引いて奥の太い柱の影に連れていってくれた。
 柱に背をつけて立つと両肩を掴まれ、視線を合わせられる。

「絶対に出てこないでくれ。何が聞こえてもだ」
「……うん」

 頷くと、降谷さんは拳銃を構えて柱の横に立った。

≪動くな≫

 ぴたりと足音が止まる。
 工場の中は緊張感に包まれ、ぴんと糸が張りつめたような心地がした。

≪てめぇ、バーの店員だった……! グルだったのか!?≫
≪流石、と言うべきですかね。馬鹿というわけではないようだ≫
≪っ、この……!≫
≪動かないでくださいよ? こちらも撃たざるを得なくなる。月明かりでシルエットが見えている僕と、反響する声でしか判別できない貴方がた。どちらが有利か、わからないわけがないでしょう≫

 降谷さんは余裕そうに言うけれど、このままでは膠着状態に陥ってしまう。
 そうなれば、集中力を切らした方が怪我をすることになる。切らさなかったとしても、朝が来れば降谷さんの言う有利な状態は消えてしまう。

≪チセがこういう場面で役に立たねぇのは知ってるよ。撃ってみろ、居場所割り出して風穴空けてやる≫
≪安っぽい挑発ですねぇ。倒れるのは貴方の恋人かもしれませんよ≫
≪……どのみち俺とアンナ、カルロ以外は連絡がつかなくなってんだ。一人ぐらい道連れにしねぇと、やってらんねぇだろうが≫

 カルロ――ずっと鍵の見張りをしていた男だ。集中力を切らさず長時間過ごせていたことからも、スナイパーである可能性は高かった。
 メンバーは十人で、追っ手を四人、スナイパーを二人、スポッターを一人確保した。残る三人が、いま工場の前に立っているリーダーとその恋人、そしてどこかに潜んでいるスナイパー一人。

≪ねぇチセ、あんた私らを騙して楽しかった?≫

 アンナからの情に訴えかけるような問いを無視する。
 感情的になれば、あちらのペースに乗せられてしまう。

≪ハヤトも一緒に可愛がってやったのに、腹の内ではほくそ笑んでたんでしょ? 騙されてる私らを見て――、え?≫

 言葉が止まった。カシャン、べしゃ、と何かが地面に落ちる音がした。アンナの痛みに絶叫する声が、建物の中に反響した。

≪アンナ!≫

 リーダーが叫ぶ声が、甲高い絶叫の中に混じって聞こえた。
 聞くに堪えない声が響いて、両耳を塞ぐ。それでも、反響する音は僅かな隙間をすり抜けて鼓膜を揺らす。意味を為さなくて、耳を塞ぐことは諦めた。
 自分の口を押さえて、動揺で上がる息を落ち着ける。
 ……いま、何が起きたの?

≪カルロ、スナイパーがいる! カルロ、おい、返事しろ!≫

 取り乱したリーダーが、残っていたスナイパーに通信器越しに呼びかける。返事は、ないらしい。

≪――ハジメ? スナイパーって、まさか、てめぇが……≫
≪ようやく全員押さえましたか。これで動けるのは貴方一人。どうします? 投降するなら、二人の命までは奪いませんよ≫

 リーダーは息を呑んで、一度足を踏み鳴らした。

≪――っ、くそ……畜生……!≫

 地面に何かが投げつけられる音がした。

≪頭の後ろで手を組んで、膝をついて……≫

 降谷さんの声が遠ざかる。外からは、複数の人の足音が聞こえてきた。
 聞こえる音から、二人が完全に取り押さえられ連れて行かれたのがわかった。
 辺りが静かになると、降谷さんが深い溜め息をついた。何も指示がないのでそのままでいると、降谷さんはそばに戻ってきた。

「……失礼」

 降谷さんは断りを入れて、わたしの体を抱き上げる。そのまま歩き出して、投げ出された足が揺れた。
 後頭部を押さえられて、降谷さんの肩に額がくっついた。

「……何も見なくていい。見ないで欲しい」

 耳元で懇願するような声が発された。

「君がしたことの結果は、僕が負う……。すべて、僕が引き起こしたことだ」

 落とされる声は弱々しくて、泣いているのかと不安になる。
 それでも顔を見ることは許されず、後頭部を押さえてくる手に力が入ったのがわかった。

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